(1)謎の物件

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(1)謎の物件

 創設から三百年を優に超え、都心には珍しい広い敷地に厳かな佇まいの社殿が並ぶ、幸彩神社。そのほど近くに位置する、この神社が名前の由来であるみゆき通り商店街は、その恩恵もあってか発足以来数十年の年月を経ても、人通りが絶えることはなかった。  その日。商店街内に店舗を構える、興仁不動産みゆき通り支店勤務の新見郁は、内見希望者を同行して賃貸物件に向かっていた。 「凄いですよね。平日の昼間でも、買い物客で人通りが絶えないなんて」  周囲を見回しながら、感心したように口にする三好邦男に、郁はとっておきの笑顔で応じる。 「地方の過疎地では昔ながらの商店街が寂れてシャッター通りになる場所も多いと聞いていますが、この辺りではそういうのは無縁ですね」 「都内でも衰退気味のところがありますが、やっぱりここは別格だと思います。これまでに何回か見て回っていますが、空き店舗が見当たりませんし」 「そうですね……。本当にこの商店街は人気が高くて、空き物件が出ても大して時間を要さずに埋まるんですよ」  嘘は言っていないが口には出していない事がある郁は、このまま何事もなく内見が終わるように内心で願っていた。 「あちこちの物件を見て回ったんですが、やはりここが一番ですね。珈琲豆の焙煎専門店までありますし。試しに購入してみて、その品揃えと品質に惚れ込みましたよ。既に継続取引の交渉を進めているんです」 「そうでしたか……。本当にここは、色々な専門店が色々揃っていますよね。お茶、紅茶、塩、味噌、豆腐、梅干し、おでんだね、漬物、その他諸々、知る人ぞ知る名店も多いです」 「それは知らなかったです。今度注意して見てみないと。店の仕入れに関することや客層がどうかとか、そういうことばかり考えて歩いていましたので」 「そうですね。結構楽しいですよ?」 「ところで新見さん。そろそろ正直に話していただけないでしょうか?」 「な、何を、でしょうか?」  ピタリと足を止めた三好が、顔つきを改めて問いを発した。それに郁が顔を僅かに引き攣らせながら尋ね返すと、三好が冷静に指摘してくる。 「これまで何件も不動産屋を回って、何十件と物件を見てきました。それを考えると、今回の物件は好条件過ぎます。広さも設備も十分。駅近及び住宅地にも隣接していて立地も問題なし。それなのに賃貸料が、ほぼ同条件の物件と比較して三〜四割安いとか、普通に考えたらありえないでしょう」  それを聞いた郁は、冷や汗を流しながら控え目に弁明した。 「ええと、それはその……。偶々オーナーが裕福な方で、これだけの賃料で十分と判断されていますので。仲介の私どもとしては、何とも言えないのですが……」  しかし三好はその説明では納得せず、疑わしそうに問いを重ねてくる。 「どう考えても、何か事情がありますよね? 刃傷沙汰で死人が出たとか、食中毒を引き起こして営業停止になったとか」 「ちょっと待ってください! そんな物騒な事件や事故なんて起きていませんから!」 「そうですよね……。不動産の賃貸契約において告知義務があるのは、三年間だけですしね……」 「本当に、事故物件とかではありませんから! 私が五年前にこの支店に配属になってから、借主が三人代わっているだけです!」  変な誤解をされたらたまらないと、郁は必死の形相で言い募った。それを聞いた三好は、変わらず冷静に指摘してくる。 「と言うことは、四年間で四人が借りていたという事ですよね?」 「そうなりますね……」 「どう考えても、何かしらの問題があると思うのですが」 「そう言われましても……」 「因みに、直前の借主はどうして契約を終了したのですか?」  どうにも誤魔化せない雰囲気に、郁はがっくりと項垂れながら正直に告げた。 「……失踪しました」 「はい?」 「個人情報保護の面から詳細はお伝えできませんが、色々すったもんだありまして。本来であれば賃貸契約が終了する時は借主が原状復帰するのが原則なのですが、本人に連絡が取れない上、処分するのも費用がかかるので什器もそのままです。今度の借主が使うならそのまま渡すし、入れ替えるならその処理費用は持つとオーナーが仰っています」  あまりと言えばあまりの内容に、三好は驚くのを通り越して呆れ気味に声をかけた。 「新見さん……」 「すみません。これ以上は深く聞かないでください、お願いします」 「因みに、それ以前の方達は……」  ここに至って完全に開き直ってしまった郁は、尋ねられるまま説明する。 「宝くじで大金を当てたとか、親を介護する必要が出て実家に戻るとか、持病が悪化して闘病生活を送るとか、詐欺師に騙されて大金を騙し取られたとかが契約終了の理由です」 「最初の方以外はお気の毒ですね」 「最初の人も、お気の毒と言えばお気の毒ですが。でも自業自得と言えば自業自得でしたね」 「どういうことです?」 「大金が当たったのを奥様に隠して、こっそり豪遊していたんですよ。私達には病気で体調を崩したので、契約を終了して療養に専念すると言って。それで奥さんには今まで通り家から店に通っている振りをして、出歩いていたんです」  そこまで聞いた三好は、半ば呆れながら口を挟んだ。 「それはまた……、いつかはバレるんじゃないですか?」 「ええ。契約を終了して一ヶ月しないうちにバレましたね。奥様が、ご主人が忘れたお昼の分の胃薬をわざわざ店まで届けに来たら、次の借主の指示で改装真っ最中でしたから。『一体どういうことか』と、その足でうちに駆け込んできました。ご主人のスマホには、連絡がつかなかったそうです。競馬場でレース観戦に夢中だったそうで」 「悪い事はできませんね……」 「それで奥様が激怒して、財産分与をした上で離婚したそうです。……風の噂ですが」 「そうですか……。あの」 「分かっています! 三好さんが仰りたいことは、重々承知しております! ですが本当に、店舗自体は何の問題も無い好物件なんです!」 「はい。取りあえず、物件自体には問題が無いことは分かりました。ここで話をしていても仕方がありませんし、店に行きましょうか」 「そうですね」  そこで気を取り直して再び店舗に向かったものの、二人の胸中はさすがに穏やかではなかった。

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