序章 退屈な牢獄

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序章 退屈な牢獄

歩道橋での血塗れの逃亡から1年後─── 哀原千尋は生きていた。 頭を強打した影響によって、昏睡状態だったこの1年という時間が長かったのか、短かったのか…… 。 警察病院の牢獄の中。 彼は目覚めた。 しかし、目覚めたのは1年後の世界。 自分がどこの誰なのかも分からない奇妙な世界だった。 名前を失い、過去を失い─── 殺人鬼。 両親は殺された。 復讐のための犠牲。 百合との奇妙な関係。 人肉の味。 ダルマになった宿敵。 ほんの断片しか残っていない記憶。 刑事から詳細を聞かされた時、彼は冷静だった。 自分の存在さえも失った世界で知った《殺人鬼》という自分の正体。 千尋は動揺する様子を見せなかった。 身体中に残る縫った傷跡は何よりの証拠。 記憶が曖昧な中、千尋は狭い牢獄の中でただ時間を消費するだけの退屈な日々を送っていた。 精神科病棟に収容され、窓もない牢獄でただ息をするだけの毎日。 何の楽しみもない。 笑うこともない。 味気ない食事にはほとんど手をつけない。 点滴で生きていた。 いや、生かされている人形だ。 気が狂うほど退屈な時間のなかで、 刑事から聞かされた話を頭の中で反芻する。 殺された両親のこと。 復讐のために明日見一家へ近づいたこと。 明日見の息子を殺害し、一番の宿敵をダルマにした…… 。 そして、百合という女性の存在。 彼女とは不倫関係にあった……。 刑事から聞かされたのはあまりにも凄惨な過去。 自分の名前を検索すれば、何でも出てくる。 しかし、実感が湧かない。 自分が自分であることの実感が湧かないのだ。 ただひとつ、 “外道を狩った時の強烈な快楽”だけは唯一残っている記憶だった。 もう一度痛めつけたい…… 。 あの快楽を再現するにはどうすればいいのか。 食事や睡眠の欲求よりも、危険な衝動が胸の中で疼く。 そして、彼はもう一度目覚めた。 法から逃れる外道に正義の鉄槌を下す闇の狩人へと。

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