第6章 接近

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第6章 接近

粉雪が舞い散る真冬の午後。 横浜市青葉区あざみ野一丁目2番地…… ここで間違いないか?路肩に車を停める。 緑の屋根とクリーム色の壁でできた3階建ての立派な一軒家。 表札の名前は香流川(かなれがわ)と黒い石版に白い文字で彫刻されていた。 玄関前には雪化粧をしたピンクの椿。 ガレージに停めてある白い車はメルセデス。 明日見の豪邸も立派だったが、この家も凄い…… 。 まるで楽園に建てられたお城だ。 緊張しながら、数段ある階段を上り、家の敷地内へと足を踏み入れる。 早速インターホンを押したいところだが、無意識に手が震えた。心臓まで小刻みに震える。 そもそも百合さんに会えたところで何を話すべきか…… 。 考えていたのに、緊張のせいで頭が混乱してきた。 「はぁー…… 。」 深呼吸を一息ついてサッとインターホンのボタンを押した。 カンコーン! 鐘の音のような音を響かせるインターホン。 出てくるだろうか…… ? カンコーン! 5秒ほどしか経っていないのに、もう一度ボタンを押してしまった。 「ふぅー。」 呼吸を整えるが、一向にドアの向こうから足音すら聞こえない。 「うーん…… 突然の訪問だから仕方ない。また来ようかどうしようか…… 。」 もうしばらくドアの前で待っていたが、どうやら不在。ドアにメモでも挟んでおこうか…… 。うーん……。 考えた末にやっぱり止めた。 振り返って石垣の階段を下りる。 そのとき─── ガチャ! んっ?! 後ろでドアが開く音。急いで振り返った。 「あの!ん…… ?!」 振り返った先に、大きなマスクと前髪で顔を隠した黒いエプロン姿の女の人が立っていた。 「あっ…… ?あの、百合さん…… ?こちらに百合さんという女性はいらっしゃい… ますか… ?」 たどたどしい日本語で尋ねた。 この人は百合さん?いや、違うな…… 。 長い髪の毛を後ろで束ねたマスクの女の人。 その人は突っ立たままで声を発さない。 早乙女はしばらく固まってしまった。 「あっ、あの…… ?」 様子を窺うように声をかけると、その女の人は何も言わずにドアを大きく開けて、手招きをしてきた。 「えっ、ああ、どうも。入ってもいいんでしょうか…… ?」 挙動不審になりながら、早乙女はゆっくりと玄関へと足を踏み入れた。 ん?何かお香の匂いがする。この人からお香の匂いが…… 。 玄関に入ると、マスクの女性からほのかにお香の匂いがしてきた。 何だか嗅いだことのある匂いだ。 広くて綺麗な玄関。目の前には階段。 茶色のフローリングはピカピカに輝いていた。 靴を揃えてリビングへと通じる廊下を歩く。 マスクの女性は何も言わずにただ、手招きだけをして早乙女をリビングへと通した。 「あっ、お邪魔します。」 アイランドキッチンとリビング。 15 畳ほどの広くて快適なリビングはやたらとお香の匂いが漂う空間。 マスクの女性は何も喋らず、アイランドキッチンの目の前にあるテーブルに座るよう指で合図をした。 その横には黒い革製のソファーとレグザの大型テレビ。 外観の通り中も綺麗な家だ。 シンプルなリビングだが、モデルルームのように掃除が行き届いている。 周りをキョロキョロしながら、恐る恐る椅子に腰掛ける。 すると─── スタスタスタ…… リビングのドアの向こうから足音が聞こえた。 ガチャ! 「早乙女さん、やっぱり来ると思ってました。」 早乙女刑事「あっ!百合さん!あの…… !」 久しぶりに会った百合は落ち着き払って笑顔を見せた。 最後に会ったときは塗りすぎなぐらいの厚化粧だったが、今は薄化粧で清楚な印象。 あれから1年半しか経っていないのだから、人相は変わっていない。 髪型はセミロングと可憐な淑女のような顔立ち。彼女のことを女として好きだとか、そんな感情を持っている訳ではないが、百合さんは綺麗な人だと改めて思った。 早乙女刑事「あっあの、突然来てすみません。百合さんにどうしても…… お伺いしたいことがありまして…… 」 百合「ええ。早乙女さんが聞きたいことぐらいすぐに分かります。どうぞ、楽に座ってください。」 早乙女刑事「あっ、ええ。」 百合は全く驚いたような表情も見せず、落ち着き払って椅子に腰を掛けた。 早乙女刑事「あの、立ち入ったことを伺いますが、百合さん、再婚されたんですよね?」 百合「ええ。1年半前に。主人とは婚活パーティーで知り合いました。」 早乙女刑事「えっと、そうなんですね…… 。あと、あの、そちらの女性は…… ?」 先ほど玄関の扉を開けて出迎えてくれた女性を指差す。 キッチンでお茶を注ぎながら、チラチラとこちらを見てくる。 百合「ああ、家の家政婦さん。家は家族が多くて、家事が大変だから。」 早乙女刑事「家族が多い…… ?ご主人と二人暮らしではないんですか?」 百合「ええ。主人の息子と娘の子どもたちも住んでます。娘の方は離婚して出戻りみたいですよ。」 早乙女刑事「はぁ… そうなんですね。しかし、失礼ですが、ご主人と百合さんはかなり歳の差がありますけど…… ?」 百合「ええ。歳が離れてる方が優しくしてもらえると思って。優良物件だと思って結婚したんですけど、まさか娘の方が出戻りしてくるなんてね。娘からは財産目当てだって言われて…… いつも虐められてます。早く出て行ってくれるといいんですけどね…… 。」 早乙女刑事「ああ… そうでしたか。」 二人の間にしばらく沈黙が続く。 後妻業というやつだろうか? 再びお金持ちの奥様になれたというのに、娘が出戻り。 70代後半の旦那なら、確かに娘や息子がいてもおかしくはない。 前の妻は亡くなったのだろうか? いろいろと頭の中で考えを巡らしているうちに沈黙の時間はどんどん長くなっていく。 何だか気まずくなってきたそのとき、家政婦の女性がティーカップに入れた紅茶をテーブルに置いた。 百合「ありがと。早乙女さんは紅茶、お好きかしら?」 早乙女刑事「えっ、はい。あの、百合さん……。」 紅茶をテーブルに置き、家政婦の女性は何故か私の隣の椅子に腰掛けた。 さっきから漂うこのお香の匂いはやはり家政婦さんから匂ってるのか。 このお香の匂い、嗅いだことがある。 少し不気味な感じの人だが、この綺麗なリビングは家政婦さんのおかげ…… ? 百合「ねぇ、早乙女さんの聞きたいことって、千尋くんのことでしょう?んふふ。」 早乙女刑事「えっ?はい!もちろんそうです!えっと…… 」 全てを見透かしているような目つきで、百合はクスクスと笑った。 早乙女刑事「あの、実は、哀原が精神科病院から逃亡して…… その上、職員を一人殺害して逃亡しました。彼は記憶を失ってるらしいんですが、百合さんに何度も会いたいとか…… 。彼は必ず百合さんの前にまた現れると思いまして、それで今日は…… 」 百合「ええ。知ってます。その職員の人、すごく嫌な人だったんですってね。んふふ。」 早乙女刑事「えっ?あの、何故それを?」 百合「千尋くんから聞きましたよ。便器の陶器にひびが入ったことも。」 早乙女刑事「えっ?彼から直接聞いたんですか?!あの、いつ?いつどこで彼と会ったんです?!」 早乙女は取り乱して、百合に尋ねた。 それとは対照的に終始落ち着き払ってクスクスと笑う百合。 もう既に彼女に近づいていたのか。 心臓がまた小刻みに震え出した。 紅茶を一口飲んで呼吸を整える。 甘っ…… !なんだこの甘すぎる紅茶。 いや、今はそんなことはどうでもいい! 早乙女刑事「あの!彼の居場所!彼が今どこに居るのか知っているのですか?!」 百合「知ってるも何も…… 早乙女さんの隣にいるじゃないですか。」 早乙女刑事「えっ…… !何を言ってるんです?」 続く。

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