クリスマスの夜に残るもの:Poinsettia Cheer, Friends Near

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 世界をクリスマスツリーに例えるなら、親友はてっぺんの星の飾り。エルサはそう信じていた。自分はツリーを飾り付ける役目で、親友であるアレクサンドラがその頂点でキラキラ輝けるように、オーナメントやリースを彼女の魅力を引き立てるように飾り付ける。平凡だったり貧乏くさかったりする飾りは要らない。アレクサンドラには選び抜かれた最高級品だけが似合う。だからエルサは、親友に似合う完璧なものだけを選別し、配置してきた。まだ幼い子どもだった頃から、学生時代も、大人になって結婚した今も、ずっとその信念は変わっていない。  バッテンベルク公爵家の邸宅の大広間は、クリスマスの気配に満ちていた。高い天井から吊るされたシャンデリアには金と白のオーナメントが揺れ、壁には赤いリボンが飾られている。招待客たちの笑い声はにぎやかで、柔らかな雰囲気に包まれていた。  エルサは入口で立ち止まり、辺りを見回した。彼女の首元のゴージャスな宝石と、スパンコールを散りばめたライラックのチュールドレスが輝く。彼女の横に立つユリウスは、筋肉質な体を正しながら、妻の様子をちらりと伺っていた。 「……へ~え、相変わらず立派なパーティね。合格」 「エルサ、機嫌が良さそうだな!」 「馬鹿は黙ってなさい」  褒め言葉は、彼女にとって贅沢品だ。それを向ける相手は、限られている。  すぐに屋敷の主人が姿を現した。この王国で最も尊い家柄のひとつである公爵家の女主人、アレクサンドラ・バッテンベルク。凛とした佇まいで、気品ある微笑みを湛え、深い色合いのベルベットのドレスを完璧に着こなしている。 「いらしてくださって嬉しいわ、エルサ。ユリウスも」 「当然でしょう。親友の招待を断る理由がどこにあるというの」  高飛車にそう言いながらも、彼女の眼差しは柔らかかった。そっと、贈り物の花束を渡す。クリスマスらしい赤と白のポインセチアだ。アレクサンドラは満面の笑みで受け取った。  少し遅れて、アレクサンドラの夫、アーチーが歩み寄る。彼は銀縁の眼鏡の奥で穏やかに目を細め、丁寧な一礼をした。 「お越しいただき光栄です、エルサ様」 「あら、ちょっとはマシな挨拶ができるようになったじゃない。よく躾けられてるわ」  エルサの偉そうな態度に、アレクサンドラが苦笑する。エルサが夫をよくおもっていないことを、彼女は理解していた。残念ながらその溝はまだ埋まっていないらしい。  ユリウスは大きな手で彼の肩を軽く叩き、朗らかに笑った。 「アーチー! 久しぶり、今日はゆっくり話せそうだな!」 「そうだね。たまには楽しもう……奥様が許してくださるなら」 「ハッハッハ、大丈夫だろ。な?」  ユリウスは朗らかに応じ、部屋の奥で手を振る数人の男たちに気付く。 「おい、あれ……」 「うん。みんなも来てるよ。キャプテンが来るのを待ってたんだ」  視線を交わし、二人は自然と歩き出す。向かう先には、学園時代のクリケット部の仲間たちがいる。既に集まり始めていた旧友たちの輪へ加わり、そのまま懐かしい思い出話をはじめたようだった。  残されたエルサは、ふっと息をついた。 「相変わらず、賑やかな人たちですこと」 「ええ。でも、そこが好きなんでしょう?」  アレクサンドラは穏やかに笑いかける。エルサは本当にほんの少しだけ照れた顔をして、夫の背に視線を送っていた。  エルサとアレクサンドラは窓際の少し静かな場所へ移動した。外は降り積もった雪で白く、ガラス越しに街灯の光が雪に反射している。あたりには談笑のざわめきやグラスが触れ合う澄んだ音が流れているが、二人の間には落ち着いた空気が流れていた。並び立つ距離感は、昔から変わらない。近すぎず、離れすぎず。魔法学園で肩を並べていたころと同じで、身体が覚えている。  公爵家の料理はどれも一級品だ。一流の料理人を雇って作らせたアミューズは、クリスマスパーティーに華を添えている。  ふたりは席に座り、焼き菓子をつまみながら楽しく会話をしていた。アレクサンドラはナイフを美しい軌道で動かし、銀のフォークでひとかけらを口に運んでいる。 「アレク、ほんと趣味が食道楽になってきてるね」 「そうかしら?」 「……まったく、ここのガトーはどうしてこうも繊細なのかな。ここまで技術を完成させるには相当な修行が必要だと思うけど」  エルサは感心したようにつぶやく。 「それね、実は夫が作ったのよ」 「はあ? 公爵が?」 「あの人、趣味がお菓子作りだから。みんなに振る舞いたかったのよ。せっかくクリスマスなんだからとか適当な理由をつけて、我慢できなかったみたい」  アレクサンドラはふふっと楽しそうに笑った。エルサは呆れて眉をしかめる。立派な貴族が、しかも公爵がやるような趣味ではない。これだからあの男は気に入らない。 「アレク自身は、何が好きなの?」 「うーん、そういえば、好きな食べ物って聞かれると困るのよね。だって多すぎて選べないじゃない? でも、強いて挙げるなら……そうね、鴨のフォワ・グラのテリーヌ。あと、海老のテルミドールも捨てがたいわ」 「はいはい、さすがお嬢様。金に糸目をつけないラインナップですね~」  と、エルサは苦笑しながらワインを一口。 「あたしも好きだけど、庶民のこと考えたら口に出せないやつだよそれ」 「失礼ね、わたくしだって庶民的なものは食べますのよ! 例えば、北方の庶民がよく食べるという軍隊蟹の煮込み。モンスターなんていうと恐ろしいけれど、干し柿と一緒に煮込むと、素朴だけど滋味深いのよ」  エルサはテーブルに手を突いて笑い崩れた。 「何それ、初耳! ていうか庶民的っていう概念がズレてんだよ! そりゃ北方じゃ庶民飯かもだけど、ここじゃ珍味でしょ!」 「そ、そんなことは……わたくしはちょっと広い世界を知っているだけですわ……」  アレクサンドラは少し顔を赤くしながら、ティーカップを手に取った。 「いやいや、わかってるって。あんたってさ、一本筋が通ってるんだよ。高級志向で、でも自分のスタイルにブレがない。あたし、そういうとこ、けっこう好きなんだから」 「……べ、別に、褒められて嬉しいなんて、思ってませんけど?」 「はいはい、出た、ツンデレお嬢さま」 「エルサは何の食べ物が好きなの? さっきからわたくしばかり語っている気がするから」  アレクサンドラがちらりと視線を投げる。エルサは「ん〜?」と、ゆったりと背もたれに身を任せながら考えた。 「あたし?……冷たいデザート、かな」 「やっぱり」  アレクサンドラはくすりと笑う。 「あなた、昔からグラニテとかジェラートとかばかり食べてたものね」 「だって、夏はもちろんだけど、冬に暖炉の前で食べるなんて、最高じゃない? 冷たいものを美味しく食べられるって、なんかこう……貴族の余裕って感じでさ。庶民じゃ魔道具も気軽に使えないし、氷の保存も大変でしょ?」 「それは……確かに。冷たいものをわざわざ用意するって、それだけで贅沢の証、ね」  アレクサンドラは少し考えるように頷く。 「でしょ? それにあたし、甘いものなら何でも好きよ。特に冷たいのが一番だけどさ……あ、でも、あんたの旦那の作るスウィーツも、めちゃくちゃ好き!」  エルサはわざとらしく口元を隠して、いたずらっぽく笑った。 「このラベンダーのガトーショコラ、すっごく美味しい。ここに出てない分もまだとってあるんでしょう? 全部あたしがもらっちゃおうかな」 「……なっ……」  アレクサンドラの頬が一気に赤く染まる。 「……あ、あれはわたくしのものだから!」 「スウィーツが?」  と、エルサがくすくす笑いながら首をかしげる。 「それとも、旦那様が?」 「だ、だだだ、旦那っ!?」 「や~だ、夫婦仲良しでいいね〜」 「べ、べつに、そんなことないんだからね! ふ、普通よ、普通!」 「はいはい」  エルサは適当に相槌を打つ。全く信じていない様子で、ひじ掛けに身を任せて、頬杖をつく。 「やっぱりさ、あんたの旦那、甘くて美味しそうだな〜!」  エルサがにやにやと笑う。その言葉を聞いた瞬間、アレクサンドラの肩がぴくりと跳ねた。 「な、な、なにをおっしゃって……!?」  ティーカップを危うく落としかけながら、アレクサンドラは身を乗り出す。 「ア、アーチーは……っ、アーチーは、わたくしだけのものですわ!」  声がうわずり、目をぱちぱちと瞬かせ、顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。 「べ、べつに、あの人が甘いだなんて……っ! そんな……! ……いえ、あの、確かに……甘い言葉を沢山かけてくださいますけど……。わたくしを見る視線とか……わたくしに触れる手つきとか……その……みんな甘くて……」  ぽつりぽつりと口をついて出る言葉に、言った本人がさらに真っ赤になる。  その様子を見たエルサは、とうとう声を上げて笑った。 「ちょっ……何それ!? いやいやいや、あたしが言ったのは、あんたの旦那が作る、お菓子のことだから! なに想像してんのよ」  と、呆れたように言う。  アレクサンドラは言葉も出ず、両手で顔を覆って俯いた。耳まで真っ赤に染まったその姿に、エルサはさらに腹を抱えて笑う。 「あははっ! あんた、もう立派な人妻でしょうが! あんな堂々としてるのに、こういうところは乙女なんだから」  アレクサンドラは「もう!」と唇を尖らせたが、弱々しくて反論にもならなかった。 「まあ、よくやっているじゃない。あなたの旦那も。見事に板についているわ」 「公爵家の人間として、当然のことよ」  即答だった。でもその声は柔らかい。  視線の先では、お互いの夫たちが昔の仲間に囲まれて何かを話していた。ユリウスは背が高くて、筋肉質の体は大きく、明るい金髪と大きな声はどこにいてもよく目立つ。いかにも体育会の男らしいナイスガイだ。仲間たちに慕われているのがよくわかる。  ユリウスの大きな笑い声が響く。アーチーがそれに応じて、控えめに笑っているのが見えた。 「元気そうね、彼。エルサと相性ぴったりでいいわね」  互いの夫の話になると、エルサはわざと軽い調子で言った。 「ユリウス? 単純で、従順で、便利で、見た目がいい男だよ。扱いやすいの」 「でも、好きなんでしょう?」  アレクサンドラがくすりと笑う。 「都合のいい夫なだけ」 「またすぐ、そういう言い方をするんだから」  アレクサンドラは呆れたように溜息をつく。 (……だって、あたしにとって大切なのは、あたしと、あなただけだもの)  エルサは心の中でそう呟いたが、口には出さなかった。  今度はアレクサンドラが、自分の夫の話を始めた。かつての、地味で冴えない少年が、今では立派な紳士になったこと。努力を重ねて、マナーと品格を身につけ、誰の前でも優雅に堂々とした姿で立つようになったこと。  それを語る声は、自然と柔らかくなる。アレクサンドラの語り方が甘くなるのを、エルサは見逃すはずがなかった。  エルサの視線がふと、遠くのアーチーへ向かう。  彼の立ち振る舞いは、たしかに優雅だった。上等な生地で仕立てられたブラックスーツは洗練されていながら実用的で、スラっとした体格によく似合っている。整えられた黒髪と銀縁眼鏡の奥の瞳は知的な光をたたえている。控えめながらよく通る声やちょっとした所作に、公爵らしい上品さがにじみ出ていた。 「……ずいぶん、育て上げたんだね」  皮肉を含ませた一言が、つい口からこぼれ出た。  アレクサンドラは何も言わず、ただ穏やかに微笑んだ。その沈黙が、かえって棘のように心に突き刺さる。 (こんなはずじゃなかったのに……)  エルサの脳裏に、あの頃の記憶が鮮やかに浮かんだ。学園の校庭、校舎の匂い、いつも一緒の日々。幼いころから、彼女を守るつもりで、導くつもりで、いつも幸せを願っていたこと。  大広間のキャンドルの炎が揺れている。外では雪が静かに降り始めていた。

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