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想い人
嫁に来いと言えば、帰ってくるのは応か否か。
二つにひとつと思ったが。
「……夕さまは…?」
麻の答えはそれだった。
「どういうことだ」
何故ここで夕の名が出てくるのか理解できない。
「さっきも夕の名を出したな。それは俺の嫁になるのは嫌ということか?」
実を言えば、嫌と言おうが逃がす気はないのだが、もしそうなら詳細を確認する必要はあると思った。
「花瓶の件なら、俺は麻の気が済むまで何度でも謝る」
「そんな…炎さま、私は何も謝ってほしくなどありません」
驚いたように首を振る麻は、実は腹の底で怒り狂っているようには見えない。
焦れる炎。
「なら何故だ」
「な、なぜ…」
「何故、夕の事ばかり気にする?」
「それは…」
言い淀む麻。
不可解だが、ここで引けはしない。
押すのみだ。
「俺は麻と夫婦になりたい」
「!」
びく、と震えて赤くなる姿は途方もない威力を持っている。
本人はわかっていないだろうが、ともすればすぐにも抱きつぶしたくなる程に…
「…あぁ、先に抱いたことを怒っているのか?」
「…えっ!?」
「悪かった。ここへ来てから毎日お前の肌を見て、薬を塗って触れた。もう限界だった」
炎は若い男である。
欲望は当然あり、好きな女の半裸を目前にしていれば冷静でばかりはいられない。
それでも麻の意識が戻るまでは、戻ってからも寝付いている間は抑制できた。
怪我人に欲情する程落ちぶれてはいない。
だが麻が動けるようになってからは、そうもいかなくなった。
間近で見る麻の様々な表情にいちいち心を躍らされてしまい、意識していなければ勝手に顔が緩む始末。
気を抜けば手を伸ばそうとすらしていて、そんな自分に驚くやら嫌気が差すやら。
とにかく、同じ屋根の下で好きな女と二人きりというのは拷問に等しかった。
「麻の気持ちを確認する前に事に及んだのは…」
「え、炎さま」
おやめ下さい、と言う麻の頬が真っ赤だ。
「それだ。そうやって、俺を堪らない気持ちにさせるからだ」
無理なのだ。
生まれて初めて想いを寄せた相手が目の前に、触れられる距離にいるのだから。
それをするなと言うのは酷い。
「いや、だが俺が悪かった。麻は初めてだったのにあまり優しくしてもやれず」
「炎さまっ」
麻の両手が伸びてきて、炎の口を覆った。
見れば涙目になっている。
「おやめ下さい…それ以上は…」
震えている。

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