5人が本棚に入れています
本棚に追加陰キャ*side
「ねえねえ沙綾(さあや)、何食べてるのー?」
幼馴染みの川田希美(かわだのぞみ)が私の席の横に立って私の手元を覗き込んできた。わかってるくせに少しわざとらしいしゃべりかた。もう少し小声にして欲しい。
「クッキーだね! 手作り素敵! 食べたい!」
勢いのまま私の手元の箱に手を伸ばしてくる。希美の大好物はクッキー。私の得意な手作りクッキーをいつもおいしいおいしいと食べてくれる。知ってる。でも今のこれは結構演技だから、かえって恥ずかしくなる。教室中の注目を集めたいのだとはいえ、私は顔から火が噴く気分。
「ええっと、うん、シェアしようか。シェア」
シェアという単語は本当は嫌い。自分の好きなものは自分ひとりで大切に食べたいし、囲い込みたい。本当は。
でもこのクッキーは希美のため、というか、えっと、ある人に食べさせるためにつくってきたのだから、シェアをしないと始まらない。そのために私が先に食べてみせていたのだ。まだ二時間目のあとだというのに、きっとおなかが空いているであろう彼に。
女子高生としては普段使いのタッパーにいれるのはさすがに駄目だと思って、ピンクの可愛い箱に入れてきた。いろんな味のクッキーをカラフルに並べてある。プレーンとチョコ、紅茶にストロベリー。抹茶もある。さくさくした食感が好きで、厚みがあるのに口の中でほわりとほどけるクッキー。これは昔、希美と一緒に初めて作ったクッキーを私がひとりで進化させたもの。
「おいしー。沙綾のクッキーはほんっとにおいしい!」
「そう? うん、あ、ありがと」
「おっ! 俺にも1枚!」
ぎくり。
その声に心臓が跳ねた。
快斗の明るい声。──ああ、ほんとうに来てくれてしまった。希美の読みがあたったというべきか。
「あ、よかったら。食べてみて」
私はおずおずと快斗に箱を差し出す。ああせめて可愛い箱に入れてきてよかった。希美がにやにや笑って私を見ている。恥ずかしい。
「あのね、いちおう、おすすめは抹茶、です」
「いいねー。俺の好きな味」
「快斗はじじくさいからさー」
「こら、希美、オトナだからって言えよ」
緑のクッキーをつまんで口に放り込む。
「うっっっま」
「でしょでしょー」
希美が横からまるで自分がつくったように胸を張る。そして私にウインクしてくる。
「沙綾のクッキーはめっちゃくちゃおいしいんだから!」
「ほんとだほんとだ。うまい」
「ありがと、う、ございます」
もぐもぐ動いていた口。飲み込んだ喉の様子。じっとみていてちょっとストーカーのような気持ちになる。快斗に食べさせたくて作ってきたのだ。快斗の咀嚼する姿を見られたんだから本望。
「俺さ、誕生日なんだよなー、今日」
「そうなんだ」
あ、ちょっとわざとらしかったかな。知ってる知ってるって言えたらいいのに。
「よかったね、沙綾のクッキーが誕プレじゃん!」
ぐふふ、と声をだして希美が笑うから私はどんな顔をしたらいいのかわからなくてうつむいた。
知ってる。希美に聞いている。知ってて得意なクッキーを作ってきた。さりげなく料理できるアピールもしたくて。だから希美の情報通に感謝している。
「じゃあさ、希美もなんかくれよ」
私のストロベリークッキーをつまみながら突然快斗が希美に向かって催促をした。その声に私はふっと希美の顔を見てしまう。
「ええ? えっと」
戸惑った声。私をチラリと見てくる視線。
『ええ?』って、それは私が言いたい。だって私に『ありがと』も言わずに? 私じゃなくて希美にプレゼントの催促するとか。そんなに希美のほうが気になるんだろうか。
「私のクッキーだけじゃ足りなかった?」
微妙に嫌味がまじった私の言葉を、快斗はまるで意に介さないように手をひらひらと振って答える。
「んなことないよ、うまかった。ありがと。でもさ、せっかくの誕プレならさ、希美からも欲しいなって思って」
どんなオブラートに包んでも、結局のところ、私じゃなくて希美に誕プレを求めているってことはよくわかる。私のクッキーなんかよりも。
「あ、あのね、じゃあさ明日あげるから。明日なんか用意するから今日は沙綾のクッキー! ほら、もっと食べて」
「『もっと食べて』って。──私が作ってきたクッキーなんだけど」
とてもとても不穏な声をだしてしまった自覚はある。希美が黙り込んだ。
でも、私が言いたくなる気持ちもわかってほしい。とまでは言わないけれど。だって。希美が私に言ったのに。
『明日は快斗の誕生日だからクッキーで攻めてみたら? ほら、教室で開けてたら絶対食べにくるって。あいつ食い意地張ってるから!』
そんな言葉についつい調子にのって作ってきたけど。
希美は私の応援をしてくれているんだろうか。本当に?
クッキーみたいに彼の気持ちをシェアしたいんじゃないだろうか?
なんとなくもやもやする。
でも。
私のクッキーを食べながらうまいなこれって笑ってる快斗を見たら
文句が言えない。だけど、明るく笑顔でいることもできない。
『もっと私のクッキーをほめてよ』
そんなふうに言えたらいいんだけれど。いいのかもしれないけれど。ちらりと私のほうを見て、快斗が無理矢理するみたいに口角をあげた。私は泣きたい気持ちになってしまった。
「うまいうまい、すっげえうまいから。でもさ、これくらい希美もつくれるの? 食べたいなあ」
途中から私のことなんて見もせずに、希美ばかりに笑顔を向ける。なんだろう。どうしてだろう。私のことなんてなんとも思っていないことがはっきり伝わってくる。私は唇を噛んだ。
「──じゃあ全部あげる。もう全部、希美と一緒に食べていいから。快斗の誕生日だってことは希美も知ってるし。あ──もしかして誕プレも用意してたりするんじゃないの?」
思っていることがそのまま口にでてしまった。
にへら、と希美の顔が崩れた。そのまま視線を逸らされて、私はもうこれ以上はいい、と思う。
「ええー? 希美が俺に? うっれしいな。はよくれ、はよ」
両手をださんばかりの勢いで快斗がこれ以上ないくらい顔をほころばせている。
ああ。そうか。
ガタンッ
大きな音をたてて、わざとじゃないけど大きな音になってしまって、授業の合間の休み時間にざわついている教室中の視線が集まった。
「はやく告白してみたら?」
希美の耳元でささやく。私の声なんて聞こえていないであろう快斗が不思議そうに私を見ている。希美は困った顔で何も言わない。
しん、としたところで一生懸命言葉を考えるけれど、もう何もでてこない。それでもなんとか絞り出す。
「クッキー、私はもうつくらないからさ、希美ががんばって上手になりなよ」
クッキーをぶちまけなかったことを誰か褒めて欲しい。
*
そのままお手洗いにいって、戻ったらすぐに授業が始まったから、そのあとのことは知らない。
『ごめんね、クッキーあのまま快斗が食べたよ。おいしいって言ってたよ』
そんなメッセージをあとからもらったけど。
もうどうでもよくて。
『これからは希美がクッキーつくってあげて』
おめでと
っていうスタンプをポンと押して返信するくらいしかできなかった。
はあ。
もうクッキーも好きな人もつくらない。
クッキーも彼も、シェアするなんて無理だもん。
陰キャ*side*了

最初のコメントを投稿しよう!