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「わあっ」  三人とも、悲鳴をあげた。ユウスケとマモルは中腰で、おたおたと後ずさる。リョウは腰をぬかし、下半身が裸のみっともないかっこうで、尻をつき、後ろ手をついて、オオカミから距離をとろうとする。 「あ、あ、あ……」  リョウが口をぱくぱくと動かす。言葉にならない。  オオカミは身をくねらせ、制服から脱皮すると、宙へと跳躍(ちょうやく)した。  最初にねらわれたのは、ユウスケだった。オオカミは小柄なユウスケにとびかかり、口を大きく開いて、鋭い牙の列をむき出しにした。 「あがああっ」  ユウスケの悲鳴があがり、すぐに止んだ。それ以上は声を出せなくなったのだ。  床にユウスケの頭部が転がった。続いて、首から下の胴体が床に横たわった。食い切られた首の断面から、まっ赤な血があふれ出て床に広がっていく。 「ひいいいっ」  マモルが悲鳴をあげ、背を向けた。出入口へ向かって駆けだそうとする。オオカミは彼に跳(と)びかかった。首に噛みつく。大柄なマモルは首も太かった。ユウスケのように、一撃で首が飛ぶということはなかった。首の九割が食い切られた。吹き出す血。頭部がだらりと垂れ下がった。その状態で、マモルが床に倒れた。 「ああああああっ」  リョウは目を見開き、恐怖した。後ろ手と足を動かして逃げようとする。思うように身体を操作できない。  オオカミがそんなリョウのほうに顔を向けた。  一歩、一歩、ゆっくりと迫ってくる。 「あ……あ……わかった。わかったから。なっ、冗談だ。ほんの冗談なんだよ。遊びだよ。ゲームなんだよ」  制止しようとするように、右手をオオカミへ向ける。上体を左手だけで支えていた。  オオカミがジャンプした。リョウの裸のまたぐらにとびかかると、口を開いた。下腹部を食い切った。 「あがあああああっ」  リョウが絶叫する。横向きになって身体を折り曲げ、両手で下腹部を押さえる。  オオカミは彼に向って、口を開いた。  無残(むざん)な肉の塊(かたまり)となった男性器が、ぽろりとリョウの脚のそばに落ちた。  リョウがわめく。 「お……おれがなにをしたっていうんだよ」  オオカミがもう一度口を開いた。今度は左脚に食いついた。右脚の、ひざから下がちぎれて、床に転がった。またぐらとひざの切断面から、赤い血が流れ出る。  リョウが悲鳴をあげてのたうつなか、オオカミは数歩退いた。三人の様子を見まわすと、ブルっと身体をふるわせた。その身体が、変化しはじめた。  体毛が見る見るひっこんでいく。体形も変化していく。四つ足のけものから、人間の体形へと変わっていく。顔も変化する。とび出た口がひっこんで、人の顔へと変わっていく。そうしてほんの一、二分ののちには、そこにいたのは、すっぱだかの少女、軽見うらであった。 「あ……あ……化け物……」  リョウは泣きながら。目の端で少女の姿をとらえていた。  うらが、血に濡れた口元を手の甲でぬぐい、リョウをにらみつける。おとなしい、地味な少女という印象は消え、凄惨(せいさん)な迫力があった。  うらは、床に散らばった自分の服をかき集め、着た。ブラウスのボタンはいくつもちぎれていたが、なんとか身に着けて、もとの女子高生の姿にもどった。床に転がったローファーもはいた。 「ふんっ」  うらはリョウのほうにあごを向け、鼻を鳴らした。「あたしは確かに化け物かもしれないけど、クズよりはましだわ」  うらが一歩足を踏みだそうとする。  さらなる危害を加えられると思ったのか、リョウが情けない声で懇願(こんがん)する。 「た……助け……」  しかし、うらが向かったのは、リョウのほうではなく、彼がセットしたスマートフォンのほうだった。うらはスマホを取り上げると、撮影をストップした。 「これはもらっていくわ。文句ないでしょ?」  うらの質問、というか念押しに、リョウはカクカクと首をたてにふる。  うらは続けた。 「代わりに、いいこと教えてあげる。あたしが噛(か)んだことで、あんたたちの血に、ほんのちょっぴり吸血鬼の唾液(だえき)が混じった。人の血がほしくなるほどじゃないし、不老不死になるほどでもない。ただ、少しだけ生命力が強くなった。本当なら一時間で死ぬところを、半日は生きながらえるくらいの生命力よ。それがいいことかどうかは別だけどね」  うらはそう言って、ニヤリと笑った。  なんのことか理解できず、リョウは彼女を凝視(ぎょうし)した。  そのとき、視界の端に感知したものがある。  ユウスケとマモルの死体だ。  いや、それは、死体……ではなかった。  ふたりは死んでいなかった。まだ生きていた。  マモルの頭部は、肉のひときれ、皮の一枚で、胴体とつながっている。その胴体が、手を床について、身を起こし、四つんばいになった。頭部が肩から垂れ下がる。逆さに垂れた頭部がくるりとこちらを向いた。首の切断面から流れ出た血が、顔の表面を、髪に向かってつたい落ちる。血に濡れた目が動いた。リョウのほうを見て、うらめしげに口をぱくぱくと動かす。喉を食い切られて、呼吸ができないから、言葉を発することはできない様子だった。  ユウスケも死んでいなかった。頭部がごろりと床を転がり、リョウのほうを向いた。あがくように、口とほほの筋肉を動かして、血だまりのなかを這いずろうとする。そのさなか、白目をむき、リョウのほうを見た。頭部を失ったユウスケの胴体さえも、ぴくぴくと痙攣(けいれん)するように動いていた。 「なんだ。これは。こんなの……いやだ……いやだよ……」  自分も死にきれず、半死のまま、あんなふうにあがき続けるのか?  助けを求めて、うらのほうへと視線をめぐらせた。  だが、うらはもういなかった。  そこには、たそがれていく廃工場の空間が広がるばかりだった。                            〈了〉

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