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本棚に追加好きって言いたくて
「あ、ちょっと用事があってその日はだめ」
朝ご飯を一緒に食べていて、春香(はるか)が残念そうに口をとがらせた。
「え? 出かけるの?」
「うん、ちょっとお見合いに」
その返答に飲み込みかけたコーヒーを吹き出しそうになる。
「は?」
「なんかお父さんの会社の部下だって」
「そこじゃない」
「え? どこ?」
春香はキョロキョロとあたりを見回した。
「いやそこじゃなくてさ、お見合いって」
そういっても春香はきょとんとするばかり。
ルームシェアしている春香が私のランチの誘いを断ってお見合いにいくという。お互い働いているから平日は忙しい。一緒に暮らしていても当日の食事は誘いづらい。だから再来週の土曜日のランチを今誘ったというのに。滅多に誘ったりもしないのに断られてしまった。しかも断る理由が納得いかない。
「なんかね、お母さんがうるさくお父さんに言ったみたいで」
「何を?」
声に少し棘が含まれてしまった。私の詰問に春香は肩をすくめた。
「あのね、まだ唯芽(ゆめ)はうちのお母さんに会ってないからいうんだけど。うちのお母さんの一番信じてるのは『結婚出産は28までに』っていう前時代的な固定概念なの」
「にじゅうはち……」
その考え方に思わず声がでた私に向かって、だからさ、と春香は続ける。
「ほら、私たちもう27でしょう? お母さんの中でタイムリミットなんだって。タイムリミットってなんだよって感じだけどね」
「それでお見合い?」
「まあねえ、形だけかな。あたりまえだけど。相手の人にも迷惑だしねえ。──上司の娘、なんて本気で断りたくてもとりあえず断れないじゃん」
「そう、とも言えないと思うけど」
「そう?」
大学の友人つながりの春香とルームシェアを始めて四年。
街で隣にいたら目立つタイプなわけではないけれど、一緒に暮らしていて居心地がいい。お互いの尊重すべき部分と許容できない部分の線引きが一番重要で、春香とはその線引きがうまくいった。春香は干渉しすぎず放置もしすぎず。バランスをとるのが上手で。まあ、うまくいったと思っているのは私だけで春香は思っていないかもしれないけれど。でも思っていなければ四年も一緒に暮らすことはできなかったと思う。
そんな春香だから、相手に好印象をもってしかも相手に気に入られたら案外うまくいくような気もする。
「まあいいのいいの、唯芽とのランチはまた今度ね。私はおいしいごはん食べてくるから」
「ごはんが目的になってない?」
「そりゃあねえ。初めて会う人と楽しく会話って私にはハードル高いし。お父さんがおいしいもの食べてくればいいって言ってくれたし」
そんなハードル、軽々と越えてしまうくせに。私のことなんかおいて。
などという言葉が口から出かかって、慌てて飲み込む。
*
そしてお見合い当日。
「じゃあ行ってくるね」
面倒臭がっていたわりに、楽しそうに服を選んでメイクして、私の前でくるりと一回転なんかしてみせてくれる。
ひらりとワンピースの裾を翻して、その短さに思わず胸がざわついた。私とランチとかに出かけるとか、前回はいつだっただろう。
それでもここで笑顔で送り出さないといけない。
だって私はルームシェアしている『友達』なんだから。
「……ん、まあ頑張って」
「はーい。おいしいものたくさん食べてくるねー」
ひらひらと手を振って玄関を出て行く。春香が珍しくつけた甘い匂いの香水も気持ち悪い。
ふうううう。
大きなため息を吐き出した。
多分私、普通に笑えていたと思うけど。
呟きながら靴箱の上においてある鏡に映る自分の顔が目の端に入る。
──ひきつってるじゃん。
だめだな、私。
ピロン
そのとき、スマホに何か受信したようで、ひきつった顔のままスマホを手に取る。
『次の土曜日にランチ行こうねー』
春香からの連絡。屈託のない明るい文面。この明るさが私の救いであって同時に私を苦しめる。
私はあくまで友達で、それ以上にはなり得ないと知らしめてくるから。
それでも一緒に暮らしていることが幸せだと思っている私は、これから──もし春香のお見合いとやらがうまくいってしまったら──どういうふうに正しく気持ちを保っていればいいのだろう。
*
少しだけだから。
そう自分に言い訳をして、私は家を出た。
どこで食事をしているのかは聞いてある。普段のランチではいかない、というか選ばない和食のお店。
ちらりと姿が見られたらいい。
どんな相手なのか知りたい。
もしも春香が気に入ったということになったときに、どんな相手だというのか私も納得していたい。そりゃあ私の許可なんて不要だってわかってるけど。
少しだけだから。
そう自分に言い訳をして、私は走り出す。
バスで駅まで出れば、そこからすぐのお店だった。駅近くに広くはないが駐車スペースまである、外観の落ち着いた雰囲気から中の様子もいいのだろうと想像できる和食店。こういうお店を選んでくるあたり、ちゃんとしていて好印象のはず。春香には。
どうしよう。
来てしまったけれど、でも入店する勇気はない。
「待っていようかな……」
幸い向かい側に喫茶店がある。
角度的にこの和食店の出入り口が見えるはず。
私は和食店ではなく、喫茶店のほうのドアをあけた。
*
入ってみれば和食店の入り口が見えそうな席は埋まっていた。
というより、お昼時だからか、席自体がほぼ埋まっている。
「満席です。申し訳ございません」
店員さんの言葉に、ふっと心が軽くなった。
本当はあの店から出てくるふたりを見たくないのかもしれない。
──もう、帰ろう。
そのままドアを閉めてしまおうとしたのに。
それなのに。
「あの、ここよかったら相席いいですよ」
そんな声があがった。そちらに視線をやれば、和食店の入り口が一番良く見えそうな席で、ひとりで座っている男性が手をあげている。
周りはもちろん知らない人ばかり。でもその男性があげた手になんとなく視線があつまっている。
──どうするんだろう。
という好奇の目。
ここで断ってしまったら、せっかく声をあげてくれた人に失礼になるような気がする。
私は、ありがとうございます、と頭を下げながら、その男性の向かいに座る。
「あの、ブレンドコーヒーを」
座りつつ、店員さんに注文を伝える。
向かいの男性が眉をふっと上げたのが見えた。けれど、男性の顔を見ることはできない。恥ずかしい。
窓の外の和食店のほうに顔を向けて、すぐに持ってきてくれたコーヒーを一口すする。
熱い。
カチャン、と音を立てカップをソーサーに戻す。
「熱かったですよね、大丈夫ですか?」
掛けられた声が確かに私に向けられていて、私は目の前の男性を初めて正面から見つめた。
穏やかな低い声。眼鏡の奥のすっとした目。カーキ色のセーターからのぞく、ラフな白いシャツの生成りの襟。じっと見たら失礼とは思ったけれど、ついついじっと見てしまう。
──親切な人だな、と思う。
「あの、熱かったけど、もう大丈夫です」
両手を胸の前で振って、うつむいた。男性もそれ以上何も言わずに黙っていた。ちらちらとのぞけば男性はコーヒーを飲み干している。どうしてまだこの場にいるんだろう。特にスマホをいじるでも雑誌を読むわけでもなく。ただ、窓の外を眺めたりして──。
「あ」
「え?」
男性の声につられて顔を上げる。男性は窓の外に向かって口をあけている。私もはっとして窓の外を見る。
すると、そこには私の知らない男性と春香が並んだ姿が。隣の男性は小柄な春香よりも20センチほど大きい。楽しそうに彼を見上げてなにやら春香が笑っている。
ああ。
ああ、春香。
会話なんてできないって言っていたけど。やっぱりそんなことないんじゃん。きっとうまくいってしまったんだ。
「あいつっ」
「え?」
目の前の男性が私と同じように春香たちをみやり、眉をひそめた。
明らかに、そのふたりを見て呟いたのがわかった。
「あの、知り合い、ですか?」
つい聞いてしまう。聞かずにいられなくて。
「え? 知り合いっていうか。あの店の前で鼻の下のばしてるやつは、俺の恋人、です」
*
私と目の前の男性は──貝塚さんは、奇しくも同じ理由で同じ行動をとっていたらしい。
つまり、お互いの想い人のお見合い相手を確認するためにこんな場所から見張っている、という。
ふっと目が合って、困ったように笑う。お互い様だ。
少し話して、この貝塚さんという目の前の男性と春香の横にならんだ男性が恋人同士だとわかった。私のこともちょっとだけ教える。ただ、私は春香に想いを伝えていないから恋人でもなんでもなくてただの友達なんだけれど。
つまり、春香がどれだけ好印象をもったとしても、関係が進展することはないというわけで。春香には悪いけれど、ほっとしてしまう。
ああごめん。友達の幸せを願えないひどい女でごめん。
ぶつぶつ呟きながら私は両手で頬を挟む。そのまま窓の外を見続ける。
貝塚さんが、ぽそりとため息のように声を吐き出した。
「お見合いなんてやめろってはっきり言えなくて。信じてるけどこわいものですね。やっぱり。俺は男だから。でもやっぱり言います。あいつとずっと一緒にいるって心に決めてるから」
*
「おかえり、けっこう早かったね」
「そう?」
「楽しかった?」
「うん、まあまあ。恋する男子くんって可愛いね」
にんまり笑いながら春香が思い出し笑いをする。
「そうなの?」
「そ。恋人がやきもちをやくからもう帰りますって帰ってたんだよ、あの人。しかも恋人も男子くんで」
それを聞いて、彼らの潔さを知った。
そうか。
それなら、私も。
「ねえ、春香。もし、私が春香を好きっていったらどうする?」
くるりん、と視線をさまよわせてから、春香は口を開く。
どこか楽しげに。全部全部ふっと飛び越える勢いで。
「私も好きって答えるよ」
シリアス*了

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