101回目のおやすみ
青年は、翠色の透き通るような瞳をしていた。
その目を細め、穏やかに微笑む。
それは、幾度となく見てきた笑顔と、確かに重なっていた。
違う顔立ち。違う背丈。違う声色。
それでも、この魂が痛いほどに反応してしまう。
「あなたは……」
言葉が、うまく出てこない。
青年は一歩、こちらへ近づいた。
銀色の髪が、月明かりを反射し、キラキラと煌めく。
その輝きは、私自身の髪が放つものと、あまりにもよく似ていた。
彼は、困ったように笑いながら告げた。
「すみません……禁術魔法の条件を満たすのに……時間が、かかりすぎました」
「……え」
その言葉に、胸が、大きく脈打つ。
「……覚えているの?」
私の問いに、彼は静かに頷いた。
「しばらくは……記憶が断片的でした。
でも……完全に思い出しました」
青年は、自分の胸に手を当てる。
「これまでの、百回分の、生と死を」
「……っ」
足元が、崩れそうになる。
「……ほんとに?……ぜんぶ?」
「はい。すべてです」
彼は、はっきりと言った。
「あなたに拾われ、育ててもらった日々も。
生まれ変わった後、どんな自分になり、あなたと出会い、愛したのか。
そして、看取ってもらう最期の瞬間まで、すべて」
呼吸が、乱れる。
「……どうして?これまでは、忘れてしまっていたのに……」
「条件を、満たしたからです」
彼は、静かに答えた。
「同じ魂を持つ者が、百回分の生を受け、
そのすべてで、同じ人を愛し、生涯を捧げること」
「それが、僕に課せられた条件でした。
……あなたと、同じ種族になるために」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で、散らばっていた禁術の知識が一本に繋がった。
——そうか。
この世界での転生は、同じ種族の中でのみだ。
人間は、何度生まれ変わっても人間。
エルフは、エルフへ。
獣人は、獣人へ。
魂は巡っても、器は越えられない。
それがこの世界の絶対的な理だった。
だからこそ、私は理解してしまった。
魂に干渉し、
種族の枠そのものを書き換える転生は、
本来、神の領域に踏み込む行為だということを。
「……そんなこと……できるはずが、ない」
「ええ」
彼は、静かに頷いた。
「普通なら、不可能です」
だから、条件があった。
同じ魂で生まれ変わり、そのすべてで、同じ人を愛すること。
寿命も、姿も、立場も違う中で。
何度忘れても、何度失っても。
それでもなお、同じ人を選び続けること。
それが、
人間が"人間であること"を捨て、
異なる種族へと生まれ変わるための、唯一の道だった。
私は、息を呑んだ。
「……あなたは」
百回、死んだのではない。
百回、私を選び続けたのだ。
——神が課す、あまりにも残酷な条件の中で。
そして――青年は、ゆっくりと歩み寄り、私の前に跪いた。
「リアナ」
低く、柔らかな声が私の名前を呼ぶ。
「百一回目の僕の名前は、アルです。
職業は、魔法使い。」
「好きなものは、銀」
「苦手なものは、雷」
そこまで伝えたあと、彼は一度間をおき、軽く息を吸った。
そして――
「――リアナを、愛しています」
そこまで聞いた瞬間――視界が滲み、絶えきれず涙が溢れた。
「っ」
そして、アルは、私の左手を取った。
長い指先が、何度も看取ってきた私の手を、今度は確かめるように包み込む。
「……随分、手が冷えていますね」
「長い時間……この墓石の前に立っていたから……」
そう答えると、彼は小さく首を振った。
「これからは、もう立つ必要はありません」
アルは懐から、小さな箱を取り出した。
中に収められていたのは、見慣れた色。
――銀。
けれど、それは今までのどの指輪よりも、澄んでいて、輝いていた。
まるで、百回分の想いを溶かして、やっと形にしたかのような。
「……やっぱり、銀の指輪なのね」
思わずそう言うと、アルは少し照れたように笑った。
「はい」
そして、まっすぐに言った。
「好きなんです。あなたの髪色と同じ
だから。」
そのまま、彼は私の左手の薬指に、指輪を通す。
かつて、何度もはめられ、
何度も外してきた場所。
けれど、今度は――
指輪が、ぴたりと収まった瞬間、
胸の奥で、何かがほどけた。
アルは、私を見つめて、静かに告げる。
「もう、この指輪を外す必要はありません」
その言葉に、視界が滲んだ。
「……本当に?」
「ええ」
そして、彼は、私の身体を胸元へ引き寄せ、抱きしめた。
「これから先は、同じ時間を生きるんですから」
「……っ」
私は、何も言えなくなって、ただ頷いた。
――その夜。
ベッドの上でふたりで横になり、アルの腕が、背中に回される。
その腕はどこまでも優しく、温かい。
「……こうして抱きしめるの、何度目でしょうね」
「もう……数えないで」
そう言うと、彼は低く笑った。
「はい。でも……ようやく、終わりました」
私は、彼の胸に額を預ける。
鼓動が、聞こえる。
止まらない、確かな音。
それだけで、涙が溢れそうになる。
「リアナ」
「なに?」
「おやすみ」
その言葉に、胸がきゅっと締まった。
今までの「おやすみ」は、
別れの言葉だったから。
けれど。
私は、ゆっくりと息を吸って、答えた。
「……おやすみ、アル。良い夢を。」
それは――同じ朝が来ると知っている「おやすみ」
アルの腕が、少しだけ強くなる。
胸がキュッとなった私はたまらずアルへ問いかける。
「ほんとに明日も、一緒なの?」
「ええ」
「その次の日も?」
「……ええ」
「これから先、ずっと?」
「はい。ずっと一緒にいます」
その言葉に私は、心の底から安堵して、
彼の腕の中で目を閉じた。
百回分の別れの先で、
ようやく辿り着いた、同じ時を生きることが出来る人。
もう、見送る必要のない人と。
もう、外すことのない銀の指輪と共に。
「おやすみ」を重ねていく。
それは、終わりではなく、
これからを共に生きるための言葉だった。
101回目のおやすみ(完)
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