581人が本棚に入れています
本棚に追加
小柄な彼
「じゃあ早速だけど行こうか」
「えっ、も、もう、ですか?」
驚きの表情で私を見上げるが、一応店も予約しているしここで立ち話を続けるのもおかしな話だ。
「ここじゃゆっくりできないだろう? 静かな場所でゆっくり、ね」
駅前の雑踏の中で聞くような相談事じゃないからわざわざ真壁が頼んできたんだろうし。すると、彼は意を決したような表情を見せ、持っていた鞄のファスナーを開けた。
「は、はい。あ、あのこれ……」
彼が持っていた大きな鞄から取り出したのは、ヨレヨレの小さな茶封筒。
「これは?」
「あの、今日の約束の……」
そう言われて、友人が何か渡すものがあると言われていたのを思い出す。
もしかしたら代わりに持ってきてくれたのかもしれない。
「ありがとう。あとで確認するから」
何が入っているのかわからないがこの封筒から察するに書類か何かだろう。
彼から受け取ってポケットに入れた。彼はそれをほっとした表情で見つめていた。
「君は電車で来たのかな?」
「は、はい」
「じゃあ駐車場に行こうか」
真壁の車で移動する予定だったが、別に構わない。
彼に声をかけて歩き始めたが、身体に似合わない大きな荷物を持っているせいか歩くのが遅い。
いや、身長が私より十五センチは低いのも要因だろうか。
「荷物を貸して」
「え、でも……」
「もしかして大事なものでも入っている?」
事件の証拠を持ち出すとは思えないが、とりあえず聞いておかないとな。
「そ、そんなことはないですけど……」
「じゃあ気にしないでいいよ」
手を差し出すとおずおずと渡してきた。
そこまで重くはないが、小柄な彼には辛いだろう。
これで警察官なんてよくやれているものだと感心する。
警察官なんて、体力勝負みたいなところがあるのに。しかもあいつの部下だなんて……
きっと彼には大変だ。
もしかして、だから心配で相談しにきたのか?
そんなことを考えながら、彼の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
駐車場につき、車に彼を乗せようとするが彼は少し離れた場所に立ち尽くしたまま茫然とこちらを見ていた。
「どうした?」
「あの、これ……あなたの車ですか?」
「ああ。そうだよ」
どうやら私の車に驚いているらしいが私が通勤用に使っている車はそこまで大した車ではない。
最高級の素材を使ったシートでゆったりと寛げる国産車。
自宅にはこれ以外にも五台ほど持っているが、全て外車。
人の目もあるから通勤には国産のこれがピッタリでいい。
真壁も私以上に車を持っているから驚くことでもないのだが、もしかしたらまだそのことを知らないのか?
そう分析しつつ、まだ茫然と見つめていた彼を助手席に乗せた。
車内で少し相談の内容でも聞いてみようかと思ったが、なんとなく彼は落ち着きがない。
こんな状態で聞いても中途半端になりそうだ。
やっぱり店についてからにしようか。
向かった先はゆっくりと話ができる個室の店。
あいつもいると思ってこの店にしたが、この車で緊張している彼と二人ならもう少し砕けた店でも良かったか。
普段真壁とくらいしか食事に行かないから気づかなかったな。
「君、苦手なものはある?」
「あの、いえ。特にないです。なんでも大丈夫です」
「じゃあ適当に選んでおくから」
そう告げると、なんとなく顔を赤らめた気がするが気のせいだろうか?
だがその表情が可愛らしく感じられる。
彼を店に案内して中に入るとすぐに奥から女将がやってきた。
「沖野さま。お待ちしておりました。三名さまでございますね」
「申し訳ない。一人来れなくなって二人で頼むよ」
「承知いたしました。どうぞ、こちらに」
この店は私と真壁が飲む時によく利用する。
仕事上、私たちがよく呼び出しを受けることを知ってくれている女将は特に気にする様子は見えない。
こういうのも助かる。
「あの、三人って……」
「ん?」
「い、いえ。なんでもないです」
何か困った表情を見せているが何かあったのか?
まぁ部屋でゆっくり話を聞けばいいか。
「こちらでございます」
女将が襖を開けて見せてくれる。
いつもと同じ落ち着く部屋だ。
だが、小柄な彼は戸惑った表情を見せ、入り口に立ち尽くしている。
「どうした?」
「あの、ここは……」
「食事をしようかと思って。お腹空いているだろう?」
お互いに身体が資本の職業だ。
特に仕事帰りなんだから、空いてないわけがない。
だが、彼は少しでも早く話がしたかったのか?
「とりあえず先に食事にしよう。女将、適当におすすめを頼むよ」
「承知いたしました」
女将は頭を下げて部屋から離れていき、私は彼を中に案内した。

最初のコメントを投稿しよう!