和菓子屋 海獣苑

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 温暖なる街、千葉県流山市のはずれに、和菓子屋「海獣苑(かいじゅうえん)」はある。  商品ケースと、奥に四人程度が入れる喫茶室があるだけの、小さな店だ。  お客が十人も入ればいっぱいになってしまう。  そこへ、一人の女子高生が飛び込んできた。 「鯨良(くじら)さあああん、雪月花をテーマにした和菓子をくださいっ!」  名前を呼ばれて、店主の道間(みちま)鯨良が、商品ケースの向こうから振り返った。  三十前の、三角巾を頭に載せた、やせた男である。この時間帯は一人だったが、普段は鯨良と、もう一人のアルバイトで店を切り盛りしている。 「あれ、どうしたの木藤(きとう)さん。雪月花だって?」  木藤恵夢(めぐむ)は、一年前からこの店の常連だった。 「実は私、昨日短歌部をやめたんですッ! そのきっかけが雪月花だったから、やけ食いなんですッ!」 「やめちゃったんだ? 楽しそうに活動してたじゃない?」 「もういいの! 喫茶室空いてますよねッ? お邪魔しますッ!」  鯨良は小ぶりの湯呑に煎茶を注ぎながら訊いた。 「雪月花がきっかけって、どうしてまた?」 「……短歌の題材を雪月花にして詠んでみようって話になったんですけど」 「うん」 「雪月花って、なんだか難しくないですか? 字面が強すぎるというか。歌に入れ込めばなんだかありきたりだし、かといって直接口にしないっていうのも、こう、こまっしゃくれた感じがして」  鯨良は湯呑を恵夢の前に置いた。 「ははあ。つまり、そのようにそのまま言ってしまったと。で、いさかいになり、こじれまくったと」 「……まあ、ありていに言うとそうですねッ」  恵夢が茶をすする。 「ふうむ。で、本当は戻りたいけど意地を張ってしまって素直になれないと」 「……まあ、ありていに言うとそれもそう。なんで分かるんですかッ?」 「昨日、先に聞いたから」  え? と恵夢が視線を巡らせると、店の奥から、同級生の山野ミランが現れた。 「み、ミランッ!? どうしてここにッ!?」 「恵夢がこの和菓子屋さんを行きつけにしているのは存じていましたわ……。ここにいれば会えると思い、昨日も今日も張っていましたの。さあ、部にお戻りなさい。戻りたいのでしょう?」 「そ、そんな言い方されて誰がッ! あんたこそ、私に戻って欲しいんでしょうがッ!」  鯨良が横から首を突っ込む。 「まあまあ。なので、僕はおおむね事情を聞いていたんだよ」  そこで、ミランがきっと鯨良を見た。 「そういうわけで、ご店主。恵夢の言ったとおり、わたくしと恵夢に、雪月花をモチーフにした和菓子をくださいなさい」 「初めて聞く敬語だ。しかし、どうして和菓子を?」 「わたくしは恵夢を短歌部に引き戻したいと考えていますが、こんなに気まずくては無理です」 「かもねえ」 「しかし古来よりグルメの世界では、おいしいものを食べるとどんなに険悪な仲の人物でもいい人になって仲良くなれるのが伝統美だと聞きます。恵夢の行きつけのお店とあれば、これ以上ふさわしい場はないでしょう」 「さすがミランッ。私も、グルメとして受けて立つよ。私たちが仲直りできるかどうか、この海獣苑のお菓子にかかってるってわけだねッ」  こんなに自分たちのことをグルメグルメと呼ばわる女子高生は初めて見たが、けんかしながらも意見は一致したらしい二人を前にして、鯨良はふうと息をついた。 「いいとも、ちょうどほかにお客さんもいないし、一肌脱ごう。実は昨日話を聞いてから、こんなこともあろうかと試作してあったんだ。では、二人ともそこに座って。……でも、雪月花ってことで三個お菓子が出てくるけど、そんなに食べられるの?」  はい? と女子高生二人が首をかしげる。この大人はなにを言っているんだ、というふうに。  鯨良は和菓子屋でありながら、育ち盛りの甘党を甘く見ていたのである。

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