和菓子屋 海獣苑

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 ミランが画面をスワイプすると、蜜煮栗を中心に射込んだきんつばの写真が現れる。  しばらく、二人はそれにじっと見入っていたが。 「ミラン……この、きんつばの隅にぽちぽちある、黄色い点みたいな餡……これ、もしかして……花?」 「ええ。真ん中の栗は十五夜というだけあって、中秋の名月のはずですわ。そして黄土色の角皿はきっとススキの原を表しているのですね……。この栗が満月で、きんつば部分は夜空。ということはこの黄色い点々は、夜に咲き月を見上げる――」 「ツキミソウだッ! 『月』のお菓子にも、『花』が入ってるんだッ!」  鯨良が、指先で拍手しながら言う。 「当たり。ただし、この流山で秋には雪は降らないので、『雪』はさすがに野暮だと思って入れなかったけどね」  そして当然、恵夢とミランの目は残る一つの和菓子――『葛梅』に向かった。  ミランのスマホを覗き込んだ恵夢が胸を張る。 「私、これは分かったかもッ! この細かい白い破片、氷餅が雪でしょ! で、赤い色の餡が花だよねッ! あれ、じゃあ月は……?」 「はうあ! もしやですわ! この梅酒の寒天ゼリー、波打つような曲線を描きながら金色に輝くコレこそが、月の光を表しているのではー!?」  一度思案顔でかがみかけた恵夢が、今度はそっくり返った。 「ぬはははーうッ! そ、そしてこの器の黒さ! そっかッ、このゼリーは夜空に降り注ぐ月の光なんだッ! 私分かったーッ!!」 「恵夢、なんだかさっきからおいしいところを自分の手柄みたいに言ってませんこと!?」  ミランの声が聞こえているのかいないのか、恵夢がさらにたたみかける。 「確か、降り終わって積もってる雪が風にさらわれて舞うのを風花(かざはな)って言うんだよねッ!? 冬の終わりの月の夜、薫風(くんぷう)が運ぶ梅の花びらと風花がッ……目の前を舞い踊るようだよオーッ!」  鯨良が、煎茶のお代わりを出しながら言ってきた。 「はい、全部正解。どれも試作品だけど、楽しんでもらえたかな?」  恵夢が大きくうなずく。 「はいッ。謎解きしてるみたいで、楽しかったですッ。餡子やお砂糖からできているものに自然を見出せるなんて、自分でも不思議な感じッ」 「それはよかった。和菓子はお菓子だけでなく、それが表す風情をもいただくものだからね。春夏秋冬の季節感、心に残る風物……」  今度はミランが、 「よく分かりますわ。季節ごとの美しい情景に思いを馳せましたわ」  と鼻息荒く言ってくる。 「そうかい。すると人間というのは次に、自分が見て味わった素晴らしいものを近しい人にも楽しんでもらいたいと思うものだ。どんなに優れた風景も、ただ一人で眺めていたのではそれまでだ。もちろん一人で堪能するという楽しみ方もある。けど、君たちは違ったんじゃないか?」  恵夢とミランが顔を見合わせる。  それから、二人して鯨良を見た。 「……確かに、ミランがいなければこんなに楽しくお菓子を食べられなかったかも」 「……わたくしこそですわ。この得難いひととき、まさに恵夢がかたわらにあって初めて生まれるもの……」 「ミラン、ごめんね。私、ちょっと気に入らないことがあったくらいで退部なんて、早まったよ」 「いいえ、わたくしこそ短気でしたわ。あなたを引き留めたいのなら、もっと言いようがあったはずですのに」 「ミラン……」 「恵夢……」  二人は、同時に席を立った。  鯨良がなにか言う前に料金をそれぞれ払い、店の引き戸を二人で開ける。  そして恵夢が言った。 「和菓子屋で友と囲んだ雪月花」ミランを見つめたまま、「餅は餅なり餡は餡なり」  ミランが応える。 「友と往く月下の雪道ふところにひとひらの花ひとひらの菓子」  雪月花をテーマに即興で歌を詠み合うのは、短歌部の面目躍如だった。 「えー、ミランのいいじゃん。私なんだか子供っぽかったかなあ」 「恵夢らしくていいと思いますわ。人それぞれ、ありようもそれぞれということですわね」  そうして、二人は並んで去っていった。  どうやら、仲直りは成ったらしい。 「どうやらお役に立てたかな。どれ、ちょっと休憩……」  鯨良がつぶやいたその時。  どどどどどどど……と足音が響く。 「え?」  がらっと店の引き戸を開けたのは、また別の女子高生だった。 「あのっ! こちら、海獣苑さんですよね!? 地域密着、信用の二代目、和菓子のことならなんでもござれ、悩み事万事和菓子で解決しますででおなじみの!」 「そんななじみかた、した覚えないけど!? な、なんのご用でしょう!?」 「あたしは近くの高校の茶道部のものです! どうか、どうか! 明後日までに、七福神をテーマにした創作和菓子を作ってください~!」 「……七福神をテーマに、一種類?」  女子高生は手のひらをパーにして、そこにチョキを添える。 「神様ごとに一種類ずつで、七種類お願いします!」  アルバイトの入り時間をもう少し早くしてもらえばよかった、と胸中でぼやきつつ。 「なにか事情がおありのようですね。ほかのお客様もみえますからつきっきりというわけにはいきませんが、喫茶室でお伺いしますので、こちらへどうぞ。今お茶を入れますので、ゆっくりお話を聞かせてくださいね」」 終

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