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本棚に追加 しまった! わたしとしたことが! 肝心の願いをかけるのを忘れていた!
わたしはあわててドレスの裏ポケットから黒い板を取り出した。
「なんだい、その、黒くてみすぼらしい板は?」
フィリベルトは吹き出しそうな表情で嘲った。
「ああ、ごめんなさい、説明していなかったわね。これは悪魔像なの」
あの日、天使像を譲ってもらったその日の夜、誤って天使像を落としてしまい、天使像から裏側の黒い板が剥がれてしまったのだ。剥がれたそれはクローゼットの下にすべりこんだ。
エーファと一緒にクローゼットを動かして取り戻した黒い板は、手にとるや否や、めまいを起こしそうなほどの魔力を感じだ。天使像にくっついていたときは何も感じなかったのに。よく見ると、天使像の、今まで板が張りついていた部分には、古代文字が刻まれていた。さすがに読めなかったが、それが何なのかはだいたい想像できた。手がかりは、ミュラー家で見せてもらった魔術本に書かれてあった。
――悪魔像はほとんどが燃えてしまい修復することはかなわなかった。それにも関わらず、邪な願いを叶える力は少しも衰えておらず、危険視した当時の国王によって魔術師のもとへ持ちこまれ、同時期にもちこまれた偽物の天使像に呪文を彫りこんで制御装置として作り変え、悪魔像に張りつけることにした――
アーベライン家の本ではかすれて読めなかった文章が、ミュラー伯爵の取り寄せた本にははっきりと全文が書かれていた。
つまり、黒い板は大火で燃えた悪魔像の焼け残りで、謎の古代文字は危険すぎる悪魔像の力を制御するための呪文なのだ。そして、悪魔像の欠片に張りつけられていた天使像が偽物であることも確定した。
ちなみに、時間が巻き戻ってしまったのは、この制御装置の影響だろう。
邪な願いが、結果的には無かったことになる仕組みになっていると思われる。
最初に全文を読んだ時は、にわかに信じられなかった。だからこそ、それを確かめるために、たとえ偽物と言われても正式な手段で天使像を譲ってもらったのだ。
「悪魔像? 何だいそれは? 聞いたこともないぞ」
お前の家の本に書かれていたんだよ。本当に何も読まないのね。
「その天使像は偽物だというのは本当のことよ、フィリベルト。貴方のお祖父さまの願いが叶わなかったのは、それが邪な願いではなかったからなの」
フィリベルトは無言だった。眉間にしわを寄せている。わたしの話が信じられないのだろう。
「せっかくだから教えてあげる。今回の生は二回目なの」
「ああ、それは知っている。僕は前回、その像に……」
「あら、そうだったの! いつ記憶を取り戻したの? 天使像の自慢話に来た時には無かったはずよね? それじゃ、あなたがわたしとの約束をすっぽかした日? ……いえ、そんなことはもうどうでもいいわ。記憶があるなら、説明の手間が省けて助かるし。前回、貴方の願いを叶えたのは、天使像の裏に張りついていた悪魔像のほうだったのよ」
そう、だからわたしは冤罪をふっかけられ、火あぶりにされてしまったのだ。
「たとえ火事で大半が焼けてしまっても、悪魔像の力は衰えていなかった。煤けた木片になった今でも絶大な力を有しているのよ」
文献には「像の大半が焼失し、修復が叶わなかった」と記されていた悪魔像。しかし、そもそも修復など必要なかったのだ。その証拠に、一部分しか残っていない今でも指先から絶大な魔力が伝わってくる。
「そういうわけで、天使像の正体は制御装置付きの悪魔像でした、ってわけ。どう、わかった?」
フィリベルトは口をぽかんと開いてこちらを見ていた。間抜け面丸出しだ。たぶん、わたしの話を理解できていないのだろう。
そもそも彼は、普段から本を読まないので、天使像の言い伝えについても、自宅にある文献すら確認していないに違いない。
「そういえば、本物の天使像はどこへ行ったのかしら? 消失したという記述は無かったから、まだどこかにあると思うのだけれど」
フィリベルトの背後を、巨大な鯉の影が横切る。まるで、獲物をねらう狼のように。
「あ、ごめんなさいね。天使像のことなんて、もうどうだっていいわよね。願いを叶えてくれるのは悪魔像なんだし。制御装置がなくなった今、わたしが願いを叶えても時間は戻らないだろうし」
わたしはいったん言葉を切り、大きく息を吸った。
「前回はよくもわたしに冤罪をふっかけて殺してくれたわね。だから、今回はお返しをしてあげるわ」
フィリベルトの顔から血の気が引いていく。
ようやく、わたしが何を言っているのか、これから何をしようとしているのかがわかったのだろう。
もう遅いけれど。
「さようなら、愚かで浅はかなフィリベルト」
わたしは悪魔像を掲げて言った。
「じゃあ、願いをかけるわね」
わたしの生存、すなわち、お前が死にますように!
(おしまい)

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