無限ループ
『何してくれてんねん』
そんな言葉口にしたことなんてないけど。
でもさすがに今この状況では言いたくもなる。
「何してくれてんねん」
せっかく作ってきたサックサックのクッキー。亜胡ちゃんと食べようと思って可愛いボックスに入れて学校に持ってきたっていうのに。
同じ音楽部の玲がふらっと寄ってきて。
「だって俺も食べたくなったから」
って、しれっと。
そう、ほんっとうにしれっと!
私の机の隣に立ち、亜胡ちゃんとふたりで食べるつもりだったクッキーを何枚も口に放り込んだのだ。
ね、この状況なら思わず声もでるでしょう?
「何してくれてんねん!」
亜胡ちゃんも玲の手の早さに口をあんぐりあけるばかりだった。
しかも。
玲は私と亜胡ちゃんの視線を無視してさらにクッキーに手を伸ばす。
すると亜胡ちゃんがペチン、と。
「こら」
ニコッと笑顔で──でも目は笑ってない──亜胡ちゃんが玲の右手の甲を叩いた。
「もうだーめ」
「そうだよ、玲。私たちのクッキーなくなっちゃうでしょ」
「でもうまいんだもん」
玲はじとっとうらめしそうにクッキーを見つめつつ、引っ込めた手をグーパーグーパーとニギニギしている。
「おいしいの、わかってるけどもうだーめ。私だって食べたいもん。欲しかったら小麦ちゃんにお願いして。ちゃんと」
亜胡ちゃんが玲を促すと。
玲は私をじいっと見つめてきて、少しドキッとした。
「じゃあさ、今度の部内のコンテストで俺が銀以上を取ったら」
「とったら?」
私の相槌に玲はニヤリと笑った。
「俺だけのためにイチゴとチョコと紅茶のクッキーちょうだい」
「欲張りすぎじゃない?」
「そうだよ、図々しい」
私と亜胡ちゃんが玲を責める。玲はシュンと肩を落とした。
あ、なんかこういう感じ。
大型犬がシューンしてるみたい。
かわいいいい!!
「どした? 小麦ちゃん、顔がだらけてるよ?」
亜胡ちゃんが怪訝そうに私を見てくる。
私は慌てて、すん、とした顔を作った。
いけない。いけない。
小さく深呼吸してみる。
そんな私を見つめるキョトンとした玲の顔もかわいいいい。
ドキッとしてしどろもどろで答える。
「い、いいよ? 銀以上ね」
その返答に、玲が頬を緩ませた。
*
音楽部内の一番二番三番を決めるコンテスト。
楽器の別を越えて、とにかく一番は金。二番は銀。
全員参加。の、中で。
私はチェロ。玲はドラム。亜胡ちゃんはトロンボーン。
拍手の大きさと先生からの評価で決まる。
私のカバンには作ってきたクッキーがはいっている。イチゴにチョコに紅茶。玲にあげることになる、と思って可愛く包んできた。
玲のドラムは……残念ながらすごくかっこよくて。
どうして手と足が別々に動くのだろうっていうところから始まって、リズムを崩さず叩き続けられるリズム感も、むむむむむーってくらいかっこいい。最後にシンバルを響かせ終わった。大型犬のくせに今はクールな男子。
拍手も大きかった。
きっと一番の金か二番の銀は確実と思う。
私は私のクッキーを美味しそうに食べる玲を想像して顔がニヤけた。
自分のチェロを弾くときも、ついついニヤニヤしてしまった。そういうわけでチェロの音に楽しさと深さが溢れ出ていたかもしれない。
チェロは良い楽器だ。弦の太さで指先は悲鳴をあげるけれど、響き渡る低音が私はとても好き。最後の音を弾き終えて弓をすうっと引く。ああこの余韻。
余韻が特に好き。
みんなから大きな拍手をもらえた。
さて、そこで亜胡ちゃんのトロンボーン。
トロンボーンって難しいのよね。私はできないなーって思う。
まず楽譜通りの音程をあの忙しい腕の動きで表現できるセンス。私のチェロも音程は自分で作り出すけどトロンボーンはまた違う。しかもマウスピースでずっと吹いているわけで。
私は亜胡ちゃんのトロンボーンがとても好き。
まあ、絶対に後ろで弾いてほしくはないけど。だって頭に当たりそうでこわいから。
そんな事を考えていたら亜胡ちゃんが演奏を終えた。
大きな大きな拍手。
たぶん、今日の一番大きな。
あ。
う。
これは。もしかして。
*
結果として。
一番の金は亜胡ちゃん。
二番の銀は私。
玲のばか。
「何してくれてんねん」
言いたくないけど言ってしまう。
せっかく作ってきたクッキーは、私と亜胡ちゃんのものとなってしまった。
三人で部室の隅っこでクッキーを囲む。
ほかの部員はもう帰宅していった。
──玲のばか。
「ほんっとにおばか。わざわざ銀以上ねって自分で決めたくせに。その玲が銅賞って」
呆れてしまうわ。ほんと。
「食べたいよう」
「しーらない」
亜胡ちゃんが涼しい顔でクッキーを食べている。
その横で玲は指をくわえて『待て』をしている。
待て。
待て。
ま、待て……。
はああああああ
はああああああああ
私と亜胡ちゃんのため息が重なった。
「どうする?」
「まあ、ね。たくさん作ってきたから……」
ふたりで顔を見合わせて玲の『待て』を解除してあげる。
「いいよ、食べて」
「食べよう、一緒に」
大型犬が尻尾を振るのが、幻覚だろうか、見えた気がした。
「おいしー。ほんっとにめちゃくちゃおいしい!」
「はっや。食べるのはっや」
呆れてしまう。
だってあっという間にクッキーのボックスはからっぽ。
はっとした亜胡ちゃんが大きな声をあげた。
「あ! 紅茶の味は!? 食べてない!!」
「おいしかったよー」
ああもう。大型犬め。きらきらした目がかわいくて困る。
「私も食べたかったのにー」
紅茶味を食べ損ねた亜胡ちゃんががっくり肩を落として抗議の声をあげた。
「ごめんごめん。また作ってもらおうよ、ね」
大型犬が私を見てくる。
亜胡ちゃんも同じように見てくる。
ああもう。
これは無限ループ。
もっと上手になったらもっと欲しがられて、作ってきては食べてもらえてっていうループ。
あ。じゃあ。
わお。
──このままバレンタインまでループを続けていけるかも?
考えたらちょっと体温があがってしまった。
ほっぺたが熱い。
了
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