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ヒノエは結局自分も変われてないのだと涙を拭ってそのまま弁慶には気付かれないよう袖で顔を隠して自嘲した。
逃げないと言った彼は、やっぱり自ら何かを言い出す事はせずにたださっき取り損ねた薬草の入った篭に手を伸ばしていた。
いつの間にか日が傾いていてここを訪れた頃よりも影が多くなっている。
多分、弁慶は自分から何か言わない限りここにいるのだろう。そう思ったらこのまま何も言わずに隣にいるのも悪くない気さえしてくる。
『いくら僕でも夜になれば帰りますよ』
どうやら自分の思惑はバッチリと相手に読まれていたらしいから今夜は手放さなければいけないのだろう。
『弁慶』
『はい?』
『俺の初恋話聞かせてやるよ』
『へぇ。初恋ですか。神子は意外と堅固ですよ。実るのはちょっと難しいんじゃないですか?』
しれっと言ってのける弁慶は座ったまま薬草摘みを再開していた。
彼が何か他の事をしながら人の話を聞くのはその時間に退屈している証拠だ。
そろそろこの駆け引きにもならない言葉遊びに飽いてきたのだろう。
目も合わさず適当に言葉を返す弁慶に苛立ちとか焦りとか不安とか。そんな感情を持っていた自分が酷く馬鹿馬鹿しくなって聞き耳持たずで黙々と薬草を摘み続ける弁慶の顔を無理矢理自分に向かせ、適当に相槌しか打たなくなったその唇を塞いだ。
『あ。』
『何だよ』
『薬草全部零れました』
『あんた今何されたか分かってんの?』
呆れた声で言い放つヒノエを余所にまた自分の世界に舞い戻ってしまいそうな弁慶は、ヒノエの質問に答えを返さないまま落とした薬草を少しずつ拾いあげていく。
よもや本気で一瞬の気侭な戯れだと思われているのではないかと、近づき薬草を拾い集める弁慶を覗き込めばヒノエの顔に一瞬で悪戯な笑みが浮かぶ。
『可愛い所もあるんだね、叔父上』
『さっきまで泣いてた癖に…』
頬を朱に染めながら悔しそうに唇を噛む弁慶は薬草を拾う手を止めてヒノエの方を睨みながら振り向き、無言で篭を突き付けた。
『久々に逢ったらいきなり色んな男連れてんだ、不安にもなるだろ』
その篭を受け取りながら理由を話しながら立ち上がり、弁慶に篭を返してその場に座らせると額に唇を付けて今度は自らがキッカケで零してしまった薬草を拾い始める。
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