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意外と余り口数の多い方ではない弁慶は元より必要と判断しなければ決して自らは何も話さない。
この事実はきっと弁慶をよく知る者しか知らないだろう。
だからなのかは分からないが弁慶が沈黙を嫌う人間でない事をヒノエは知っていた。
が、流石にここまで沈黙を決め込み一人の空気を満喫されたのではどうすればいいのか少しばかり迷う。きっかけを探すように模索し始めていたヒノエに珍しく弁慶の方から沈黙を破ったのはそれから一瞬先の事だ。
『君に溜息を吐かれる意味が分かりませんが』
『分かんないの?』
『思い当たる理由はあれど、今吐かれる意味は分かりませんね』
『ふ~ん。じゃあきっと全部ハズレだよ』
「だって現に俺は溜息を吐いただろ?」なんて言いながら理由も聞かずに否定してくるヒノエに怪訝な顔をして見せると、今度は隠す事なくヒノエは盛大に溜息を吐く。
弁慶がそれを視線だけで追っていたら、細くそれでも自分よりはずっと鍛えられているのだろう腕が近づいてくるのが見えて咄嗟に避ける為に身体を横にずらせばヒノエの腕が虚しく空を切った。
『空気の読めない男だね、あんた』
『読めるからこそです』
『ふ~ん。男としてはまずまずってとこだね』
『まぁ、君より経験は豊富な筈ですから』
ヒノエの言葉を一瞬で一蹴すると近かったその距離を広げて先程横に置いていた薬草の入った篭を取る為にヒノエに背を向けてそれに手を伸ばした。
『でも武人としては甘いんじゃないの?』
その言葉と共に、届く筈だった篭に手は届かずそれと同時に腰には今しがた空を切った筈の彼の手が巻き付いていた。
ヒノエの方には向かずに俯いてバレないように弁慶は顔を歪める。
知らない間に強くなったその腕の力を取り払おうなんていう無駄な抵抗はよそうと大人しくまた先刻のような沈黙を決めた。
『あれ?いやに大人しいじゃん』
『暴れても無駄でしょうから』
『無駄は嫌いって?相変わらずだねあんたも。全然変わってない』
どさくさに首筋に埋められた顔がくすぐったくて頭を軽く叩いてみれば嫌々と横に振って更にくすぐったくなった。
除に口を開き呼んだ彼の名前に返事がなくてホッとする。
熊野を照らす太陽に焼かれた綺麗な肌は彼の赤い髪をよく映えさせていた。
自分の知らない間に随分と熊野に似合う男になっていたようだ。
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