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『あんた痩せた?』
少し力を込めて抱きしめて黙りこくっていたのはこれを言う為だったのかと思うと弁慶は拍子抜けする。
『さぁ…いつ頃からの計算ですか』
『俺と最後に逢った日』
『君はまだ子供でしたね』
『そう。あんたもまだ若かった。じゃなくて本気で痩せたろ』
まるで猫がジャレてくるみたいに耳を甘噛みされて弁慶は身を捩る。
そろそろ抵抗してみようかと手を叩いてみたがヒノエは頑なに自分を抱いたまま離そうとはしない。
引き際をよく知っている彼らしくないその行動に少しの疑問を抱きながら、弁慶はどうやら答えを待っているらしいその質問に先に答える事とした。
『さぁあんまり自分の体型に興味ないんで。まぁ君が痩せたと言うならそうなんじゃないですか?何故そんな事を?』
『別に』
『そうですか。なら離してもらえますか』
『嫌』
否定したその声が僅かに震えているのを知らないフリでその場を逃れようとしていた弁慶は、耳元で聞こえる音にもう一度手を叩いて離せと無言で抗議する。
さっきと同じ様に首だけ振って嫌だと言い張るヒノエに今度は撫でながら言葉を付け加える。
『ヒノエ、手を…』
『逃げんなよ』
思ってもみなかった声に目を見開く。
恐らく背中にいる彼に自分は見えていないだろうからその表情を悟られる事はないがいい加減肩の辺りが冷たくて堪らない。
その震えた声に弁慶はどこか冷静に思う。
『ヒノエ、逃げませんから離して下さい。君は力の加減が分かってない。これでも痛いんです』
『嘘だ』
『……。はぁ…。痛いのは嘘ですが逃げないのは嘘じゃありません』
笑って物腰柔らかに諭す様髪を撫でれば漸くヒノエの手が離れる。
子供の頃から変わってないそれに弁慶の口許には自然と笑みが零れた。
自分の失態に気付いたのか、涙に濡れた顔を見られないようにと弁慶から視線を反らせば『君が逃げるんですか?』と挑発めいた言葉と一緒に頬に温かな感触が伝わって来てそれが、幼い頃に感じた事のある彼の手だと分かった途端にまた隠した筈の涙が溢れてきた。
『君も変わりませんね。そうやってすぐに僕を困らせる』
顔を上げたヒノエの目に映ったのは困ったように笑う弁慶の懐かしい笑顔。
昔からいつも優しくないフリをしては突き放されて、それでも最後にはやっぱり優しくこうして笑ってた。
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