第1話 婚約破棄

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第1話 婚約破棄

「ここにいたのか! ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢」  威勢のいい声が聞こえて振り向くと、端正な顔をした赤毛の男が、こちらに向かって指を差していた。さらに私が首を傾げると、睨みつけていた青い瞳が鋭くなる。 「誰……ですか?」 「惚けるな!」 「いや、本当に誰?」  出会って早々、怒鳴るような男に敬語など不要。しかも私の質問に答えない。ならば私だって、ちゃんと向き合わなくったっていいよね。 「まず、見ず知らずの人間に指を差され。且つ、怒鳴られるいわれもないんだけど?」  腕組みまでして言ってやると、先ほどまでの威勢はどうしたのか。少しだけ怯んだ顔をした。けれど赤毛の男の傍らにいる、金髪の少女が「ブルーノ様、怖いっ」と言ったからだろう。良いところを見せたいのか、再び私を睨みつけてきた。  けれど私には、金髪少女の言葉が気になった。 「ブルーノ?」  聞き覚えのある名前に、頭を巡らす。だが、その前にブルーノと呼ばれた赤毛の男が口を開いた。 「ようやく思い出したか、ミルドレッド。この国の王子である、ブルーノ・ブルーブナーの名を」 「あぁ、そうだった。忘れていたよ。それで、ブルーノ王子様は私になんのご用で?」  相手の正体が分かったというのに、敬意も払わない私の態度に腹を立てたのだろう。ブルーノは顔を真っ赤にして言い放った。 「なんの用も何も、これからお前に、婚約破棄を告げに来たのだ!」 「婚約、破棄? これまで存在自体を忘れていた人間と、私が婚約していた、とでもいうの?」 「あ、当たり前だ。確かに、婚約してからそれらしい行動はしていなかった、かもしれないが」  おやおや、自ら墓穴を掘るとは。ここをどこだと思っているのやら。  私は辺りを見渡した。そう、ここは貴族の令息令嬢が通う学園の食堂である。今はちょうどお昼時ということで、ギャラリーが多い。そこで婚約破棄を告げに来たのはいいものの、その婚約者を蔑ろにしていたことを口走るとは……この国、大丈夫か?  ずっと忘れていたが、確かブルーノは、次期王太子となる身分。そして()()()は、ブルーノの婚約者、ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢なのだ。  いやだね。年を取ると忘れっぽくなってしまう。  けれどそのお陰で、ギャラリーが面白い憶測をしてくれていた。 「やだ。ブルーノ王子、ミルドレッド様を蔑ろにしていながら、婚約破棄ですって」 「どの口が言っているのかしら」  令嬢たちが擁護してくれている傍ら、令息たちは別の憶測をし始めていた。 「だが、ミルドレッド様もミルドレッド様もだ。ブルーノ王子を忘れるほど関心がない、というのは……いくらなんでも」 「そうだな。だから婚約破棄を告げに来られても仕方がない」  すると、令嬢たちの言葉で沈んでいたブルーノが一変。ドヤ顔をこちらに向けてくる。 「聞いたか、ミルドレッド。お前だって努力をしていなかったのだから、俺を非難できまい」 「そもそも非難していたのは、私ではなく、そこの令嬢たち。間違えないでほしい。そして私は婚約破棄を受け入れる。これでいいだろう?」 「り、理由を聞かないのか」 「聞かなくても状況が物語っている。おおかた、ブルーノ王子様の腕を、豊満な胸に埋めている令嬢と恋仲で。婚約者である私が邪魔になったのだろう。それで? 私がやってもいない罪を上げにでも来たのか? 先ほどまで、婚約者の存在自体知らなかった私に対して、胸の大きなその令嬢に嫌がらせをしたと。本気で信じているのだとしたら滑稽だな」 「なっ! いくらなんでも不敬だぞ!」 「そうだろう、そうだろう」  わざと言ったのだから。いくら頭の軽いブルーノでも分かってくれて嬉しいよ。  けれどまだ頭が追いついていないのか、傍らの令嬢も困惑している。だからトドメを刺すことにした。 「私は婚約破棄を受け入れるし、このまま学園を去る。だが、面倒な手続きはそっちで勝手にやってくれ。尚、カーマイン公爵は、この件を素直に受け入れるだろう」  私がそのようにしたのだから。  困惑するブルーノを含め、食堂にいた者たちを置き去りにし、私は学園の門へと向かっていった。午後も授業はあるが、「去る」と言った以上、ここにいる意味はない。時間の無駄だ。  なにせこの私が、ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢でいる意味がなくなったのだからな。

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