三年前に両親が離婚したとき、ワタシはどちらかについていかなくちゃいけなかった。成人していたお兄ちゃんに保護者になってもらいたかったけど、ファンがうるさそうだから迷惑はかけられない。お父さんは優しいけど頼りない。だから消去法で母を選んだ。
だけど旧姓に戻った母は、いろんなところが壊れて知らない人になってしまった。化粧をせず、いつも不機嫌そうな顔をしている。結婚前の人格に戻ったのか人として退化したのかは知らない。常にお酒臭くて言葉が通じないんだから確認しようがないのだ。家族という現実的な括りがある分、幽霊よりも厄介だ。見たくなくても見えてしまうし、手を出されれば痛い。
別れたお父さんはどうしているのか分からない。会いに来ないということは、淋しくはないんだろう。虫嫌いのお父さんらしく、蛍子という名の母から離れて精々しているかもしれない。いずれ幽霊みたいにワタシの記憶から消えていくのだろう。
みんなそうやって幽霊になっていくのだ。
ちろりん、ちろりん、の単調なリズムに乗りながら、ワタシは執筆を再開した。
『離れ離れになったワタシたちだけど、お兄ちゃんには時々会っています。学校帰りに待ち合わせて一緒に夕飯を食べるのです。ちょっと前までは高級焼き肉店でお腹いっぱい食べていたけど、少し前からはファミレスばかり。どんどん食べろ、ってお兄ちゃんは言うけど、お財布に千円しか入っていないのを知っているから、ドリンクバーだけで済まします。ワタシにとってはお兄ちゃんと過ごす時間こそがゴチソウだから、水分でお腹たぷんたぷんになっても嬉しい。だけど最近は千円すらも入らなくなったみたいです。動画サイトのアカウントもいつの間にか消えていました』
ちろりん、と再びスマホが鳴った。今度は一度きりだ。もしかしてと画面を切り替える。リヒト。お兄ちゃんだ。
『動画、見た?』
いつもなら可愛いスタンプをたくさん使ってくるのに、今日は素っ気ない。
「まだ見てないよ。いまノートにお兄ちゃんのこと書いてたんだ」
『ヘンなこと?』
「変じゃないよ。お兄ちゃんは幽霊が見えるすごい人って書いていたの」
『すぐ消せ』
「なんで?」
しばらく待ったけど、返信はない。だからワタシが続けた。
「この前の特番で、幽霊が見えなかったこと気にしているの? あんなのヤラセでしょう」
今度は反応があった。
『でも、マジで見えなかった。他の霊能者たちはハッキリ見えていたのに』
「そりゃあ人間だもん、視力が弱ったり見づらくなることだってあるよ」
『そう思うか? 本当に? おれが嘘つきだとは思わないか? 昔行った新潟の海で、ビーチボールを破ったのをごまかすためだったとは思わないのか?』
お兄ちゃんは焦っている。傍に行って慰めてあげたい衝動をこらえながら、ワタシは必死に言葉を綴った。
「ビーチボールのことなんてどうでもいい。ワタシはお兄ちゃんのこと信じてる。この前ネットで噂になってたことだってそうだよ。お兄ちゃんは悪くない。幽霊を見せるのにお金を要求するのは当たり前だもん。見えない人が悪い」
それを訴えるなんて身勝手にも程がある。
『でも被害届は受理されたんだ。警察は動いている』
「すぐ誤解だって分かるよ。大丈夫」
「♥」のスタンプを送ったとき、ガタガタと頭が揺れた。枕代わりに使っていたブロック……じゃなくてレールが振動を伝えてくれる。
廃線になっていたこの線路に今日、電車が走る。地域おこしのイベントだそうだ。
「お兄ちゃんは悪くない。お兄ちゃんを困らせようとして隠れている幽霊たちが悪いんだよ」
迫り来る電車の地響き、鼓膜に刺さる警笛。
ワタシの鼓動は高鳴る。
「みんな意地悪だよね。だけど大丈夫だよ。すぐに見えるようになるよ。制服を着た可愛い幽霊が」
ワタシはスマホを連打した。
『お兄ちゃんは世界一の霊能者です。ワタシが証明してみせます』
レールの上に体を横たえる。頭部を轢かれるのはちょっとグロいから、首だけがスパッと切れるよう位置を微調整。巨大な電車が急ブレーキをギリギリ鳴らしながら向かってくる。
最後にこう書いた。
『だからお願いです。このノートを見た警察の人、テレビ局の人、ファンの人、リヒトにチャンスをください。お兄ちゃんはすぐにワタシを見つけてくれる。だから、信じてあげて』
投稿ボタンを押した。
これで完了。
どんな姿になっても、ワタシだって分かってくれるよね。
お兄ちゃんだもんね。
また後で会おうね、リヒト。
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