佐藤が赤いペンで虚空を指すと、図書室の床がヌルリと透明に透けた。
そこには、無数の「カプセル」のような部屋があり、中には同じ顔をした生徒たちが、機械的に同じ教科書を読み耽る異様な光景が広がっていた。
「これが、君たちが『日常』と呼んでいるものの正体だ。ここは学校ではない。巨大な『教育維持器官』。そして私は、そのシステムを最適化するための外科医だ」
結衣は後ずさりし、背中の壁にぶつかった。
壁は温かく、かすかに「ドクン……」と鼓動を伝えてくる。
「真壁さん。君に二つの選択肢をあげよう」
佐藤が赤い採点ペンを、結衣の額に向けて突き出した。
「一つ。今の記憶を『✗』で塗りつぶし、何も知らないアンドロイドの一人として、明日から幸せに過ごすこと。……そして、もう一つ」
佐藤の唇が、歪な三日月のように吊り上がった。
「その感性を活かし、私の『助手』として、この狂った校舎の不具合(バグ)を一緒に採点することだ。……どうだい? 君なら、最高の『✗』が書けると思うんだが」
静寂の中、司書さんが「生きた本」をゆっくりと結衣に差し出す。
そこには、結衣自身の名前が、まだ真っ白なページの最上段に記されていた。
最初のコメントを投稿しよう!