1章 サンタクロース振興課誕生・・・

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11.サンタクロースになりたい人はいますか?  「まさか、泉田市長が自分の給料をカットするとは思いませんでしたね」  細川が山口に話しかける。心地よい風が、山口の頬をなでる。 「うーん。泉田市長は郷土愛が強すぎるだけで、良くも悪くも善良な政治家だと思うよ」  山口が一人でお弁当を食べていると、細田に市庁舎の屋上に連れていかれた。  「青春ドラマみたいね。屋上でご飯を食べたことはなかったわ」  霞が関の屋上は、飛び降り予防のため施錠されている。殺伐とした職場である。  海沿いの景色やオホーツク海が一望できない。小高い山が邪魔をして北海道の雄大さを感じられない。炭鉱町だから仕方ないことではあるが・・・。  山口は、お昼休みまで自分に気を使わなくてもと思った。ただでさえ、食事やら買い物の手伝いに休日、細田は自動車を出してくれた。それでもこの善良な天然コロボックルちゃんは、山口のことが心配らしく、甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いた。  盆地のように広がる狭い市内には、ラベンダー畑がぽつり、ぽつりと寂しく見える。  かつては、ラベンダー畑が一面にあったという。財政悪化による人口減少で、ラベンダー畑も手放されたのだと細田が教えてくれた。  「あとは、サンタクロース研修の参加者を募るだけですね」  細田が元気な声で、山口に言った。  「少し、不安なのよね。自分でサンタクロースを誘致しておいてなんだけれど・・・」  山口は顔を曇らせる。空は、碧い。どこまでも青い空が広がっているが、山口は不安げに答えた。  すると、細田が、山口の顔を見上げて真顔で言った。 「もし、サンタクロースの応募者がいなかったら私が応募しますね」  「このご時勢に男性、白髭、老人しかサンタクロースになれないといったら、世界中から袋叩きにあうでしょうね。ポリコレ的に。サンタクロースも本来は、コカ・コーラの宣伝で赤いサンタクロースが定着するまでは、黄色や青い服を着ていたのよね。小人のサンタクロースもいたそうだし・・・」 「北欧の首相も、女性が増えましたしね」  赴任後、山口と細田は姉妹のような、先輩と後輩のような関係になっていた。  キャリア組の山口は、入省時から年配の数十人の部下が常にいた。一般職採用者の大多数は30歳以降に係長に昇進してから、本省に異動になる。ただでさえ少ない女性の総合職は、管理職として働いていたから、年下の女性の部下が山口の下につくのは初めてのことであった。  すでに、サンタクロース研修者応募の案内は市庁舎に掲示してある。  SNSや動画配信で、「サンタクロース誕生ヒストリー」を山口は発信する気でいた。  だが、サンタクロース協会から、「サンタクロース研修をやっている事が子供にバレたら、日本にサンタクロースが訪問しなくなる」という恫喝に近いメールが送られてきた。  協会曰く、「サンタクロースの研修が子供の夢を壊す可能性がある」。  山口は、抗議をしたかったが、こちらの財政事情を考慮して、研修費用も格安にしてくれている。大人しくサンタクロース協会の指示に従い、市役所内で応募者を募ることにしたのである。  昼食を終えると山口達は、屋上から、サンタクロース振興課に戻る。 山口はサンタクロース振興課長兼理事でもある。理事というのは副市長の下の役職であった。申路市には、副市長がいない。財政難になると、すぐに副市長は自発的に退職した。    トップは市長、その下に総務課長がいたが、部長ポストの理事に山口が就任したことで、市役所の職員のトップは山口になった。  今までは、副市長の仕事は泉田市長と総務課長が分担して行っていた。しかし、理事の山口が副市長の仕事も担当することになった。山口の月収は35万円、これが市議会を通して、正式に副市長になると月給が20万円になる。国土交通省からの特例の差額支払いと申路市の課長給の15万円で、現在、山口の月給は35万円ある。もちろん、理事給はゼロ円である。この市では、課長をピークに給料が下がる仕組みになっている。  部長昇進を希望する職員はいなかった。ちなみに、山口の部下の細田もサンタクロース振興課職員兼理事付が正式な肩書である。どうでもいいことではあるが・・・。    山口の肩書も、あの学級会のような市議会で、「申路市副市長心得兼理事兼サンタクロース振興課長」に決まった。 副市長心得という曖昧な肩書は、山口が減給されないための措置であった。国が差額を支給してくれるが、それでも副市長になると、どんなに細工をしても、月給30万円、5万円の減額になると国土交通省の小樽人事課長に言われた。  この手の官僚の人事は、総務省が横やりを入れてくるものである。  総務省から、「総務省に山口さんを出向させて、国の職員として副市長にしても・・・」と申し出があった。総務省としても、国から出向させた官僚の給料が30万円という事態は、回避したいらしい・・・。  そんなわけで、サンタクロース誘致の仕事以外に、市長決裁に回す書類の最終決裁など、山口の仕事は多い。条例案や議会質問の相談、予算の相談も官僚だからという理由で職員や市議達が山口のところにやってきた。  それを市長公室の大部屋で山口は行っていた。  山口は帰宅時間が遅い。職員は、経費削減のため、残業を自粛している。  そのため、18時になると蛍光灯の電源を落とす。しかし、市長室と市長公室だけは蛍光灯を使うことができたので、山口と細田は残業をしていた。最初は、細田に帰宅するようにお願いをしていた山口だったが、「勉強になりますから」と細田は帰らない。  諦めて山口は、細田にも決裁を手伝って貰う事にした。    ところで、申路市では、市議会議員の選挙すらない。  選挙費用を削減するために、事前に候補者の調整を行っていた。定員の5人以上が立候補説明会に来るとその場で市の長老達と話し合いが行われる。  選挙掲示板や開票費用すら、申路市にはムダ金なのだ。  その話を聞いた山口は、「もう、町村総会やれば?」と呟いてしまう。町村総会とは、地方議会を廃止し、有権者全員による話し合いで議決を取る方法である。  「すでに議会で町村総会の設置も検討中です」と泉田市長が苦笑する。  市議会廃止も視野に入れている申路市に、「談合で議員を選ぶな」とよそ者の山口が言い出しにくい雰囲気はあった。  やる気のある若者を政治から遠ざけているわけではない。月給10万円で市議会議員を若者にやらせるのが忍びないのだ。5人以上、候補者が集まるのも、10万円で市議を続ける議員に同情して、「交替しようか?」と立候補者説明会に来るのだ。  現職の市議達も「せめて市長の給料が20万円あったら、細田さんが出馬すれば応援するんだけど・・・」と言葉を濁らせる。    周辺自治体からは、当然のように申路市との合併を拒否された。近隣自治体も豊かではない。市長や議員の職員の大リストラで自治体をかろうじて存続させているだけである。   他の自治体の給与水準を適用すれば、合併した自治体が財政破綻してしまうのだ。  行政の監視をすべき市議会もそんな状態であったから、市長や副市長心得の山口が決裁の最終チェックをしないと、課長のチェック、すなわち担当職員と課長2人の決裁だけで行政事務が決定してしまう。  細田を帰宅させるために20時までには仕事を終わらせたいと山口は思う。 市の予算からリース料が払えないから、行政資料をデジタル化してペーパレス化するのも難しい。  しかし、1日に段ボール数箱の決裁書類が回って来るのだ。本省勤務時の決裁量と変わらないのだが、少ない人数で仕事をしている分、ミスも多い。 介護や生活保護の申請は村社会ゆえに、皆無だが、社会福祉系の仕事は山口も専門外である。生活保護手帳や各省のマニュアルを参考に、全部署の業務を覚える必要があった。

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