心の中を透かしてみたら

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心の中を透かしてみたら

 今の私の心の中をのぞいてみたら、きっと鬼が住んでると思う。 「柿本? 顔が怖いですけど?」 「は?」  隣の席の神田先輩が顔を覗き込んできた。  慌てて自分の顔に触れてみる。  あれ? ファンデがとれてるとか? だとしたらそれは顔の造作の問題。がーん。  あ、でももしかして。 「アイシャドウですか? ちょっと濃いめにしてみたんです。気持ちを反映させて。でも怖いとかいわれると心がぐっさりくるんで、薄めてきます」  ガサゴソと鞄から取り出した化粧ポーチを手にして勢いよく立ち上がる。  そんな私の勢いを絶つように神田先輩はやんわりと手のひらを私のほうに向けた。ストップ、と言いたいみたいに。だから私はなんとなくもう一度椅子に座り込む。 「待って。別に濃くないし怖くない。でもさ、ちょっとなんていうんだか、自分を追い詰めてるかんじの顔してる」 「はあ」 「どしたの? なんかあった?」  神田先輩がこんなに優しい声で気遣ってくれるということは、私は相当ひどい顔をしてるってことなのだろう。  それもわかる。  だって。  今、私の心の中をのぞいてみたら、きっと鬼が住んでると思うから。 *  今日はバレンタイン。  一年で一番チョコが売れてる日。みんな浮かれてる日。私以外は。  今日、私の仕事があるのは仕方がなくて。  それでも、仕事のあとで会いたいとか、言ってみるくらい許されるでしょ。  龍也は彼氏なんだから。  なのに。 『え、俺飲み会。無理。彼女いないやつらのための飲み会に数合わせさせられた』  って。  それはないんじゃない?  それは単純にコンパでしょ。しかもしかも、お店の場所のわからない子をわざわざ駅まで迎えに行くとか。なんでよって思う。  そりゃあ、それを隠さないところとか潔いと思うし、素直な龍也らしいと思う。そういうところが好きだよ。優しくて。そう、誰に対しても優しくて──。  でもさ、違うでしょ?  その優しさは私にむけておけばいいでしょ?  どうして彼女の私が会えなくて、どっかの女の子が龍也に会えるわけ?  2年前の初めてのバレンタインでは、私の残業が終わるのを会社の近くでずっと待っててくれて。すごく待たせてしまったのにまったく気にしてない顔で『男性から告白したっていいんだよ』って有名店のチョコレートをくれて。ああ、待ち合わせたあのとき、2人で飲んだホットチョコレートはおいしかったなあ……。  今となっては懐かしすぎる。  2年付き合ううちに龍也は私に慣れすぎて、もうあの頃みたいな気持ちにはなってくれないのかな。  私はバレンタインには会いたいと思っているのに。  なのにバレンタインに飲み会をいれるとか。  考えるとむかむかしてくる。  仕事中だというのに。  くそう。きっと今の私の顔はあれだ。鬼の形相。  心の中をレントゲンでとれるなら、私の中には鬼がいる。 「柿本、柿本ってば」 「は? えっと? なんですか?」  間の抜けた声をだしてしまったら、神田先輩が、ふう、とため息をついた。 「今日の外回り。大丈夫か? おまえの主担当のとこ。初めての主担当だろ? 俺はあくまでもサブだから。副担だからな。いないものとして思ってくれよ?」 「ああ、はい。──でも、私が本命かなあ」 「は? 寝言は寝て言ってくれる? おまえが本命に決まってんだろ、相手からしたら」 「は? 先輩、私が本命とかやめてくださいよ、彼氏いるんで」 「はあ、おまえなあ。……まっっったく話が通じてないぞ」  神田先輩は片手で顔を覆って、大きな大きなため息をついた。  ついでに首を横に振っている。なにか言いたいことでもあるのかしら。 「馬鹿ばっかり言ってないで今日の外回り先確認。社長はうるさいタイプだぞ」 「知ってますってば」  そうだ。  今日の龍也のことでむかむかしていたけれど、今は仕事中。  仕事に集中しよう。 「柿本、そのファイル、別の会社の」 「あ」  集中集中集中集中……。  神田先輩がじいっと私の手元を見ている。 「データはまちがえてくれるなよ?」 「あ、大丈夫です。クラウドですから」  はあああ。  今日一番のため息をついた先輩が言い放つ。 「クラウドつかえないとこだってば。データは媒体で持ってくって教えただろーが」 「あ」  私の中の鬼がきっと私の仕事のスキルを食べちゃってるんだと思う。  仕事なんてしてないで、龍也のとこにすぐに走って行けって。 *  社長さんとの面談は、私にとっては苦いものだった。  実際のところ、私が主担当に変更となったけれど前担当の先輩が一緒にいったものだから。  社長さんだって私よりも先輩にいろいろ聞くよね。  私も資料を持参しているし、事前に法改正ももちろん頭にいれてあるし。初めての担当だから張り切っていた。はい、昨日までは。龍也に『あ、無理』とか言われる前までは。 「私のほうが本命じゃなくて二番手なのかなあ」 「あ? 今日はなんか変だぞ、あ、いつもか」 「もういつも変ってことでもいいです」 「なんだよ、弱気だな」 「だって」  だって、と応戦して、でもそこで止まってしまった。  だって。 「社長さんだって先輩にばかり聞くじゃないですか」 「あー、まあ俺が前担当だったから聞きやすいんだろうねえ」 「そりゃそうでしょうけど」 「まああれだ。信頼してもらえるように努力して心を通わしていくしかない」 「でも、その心って。見えるモノですか?」 「レントゲンにはうつらないな」 「ですよねえ」  もしも心をうつすレントゲンがあるのなら、まずは龍也の心をうつしたい。ああ、また。仕事中なのにすぐにそのことを考えてしまう。  やっぱりきっと、私の仕事のやる気を、私の中に住んでる鬼が食べてるんだ。 「先輩。彼女がいたら、コンパはいかないですか?」 「……ほんっとにおまえおかしいぞ、今日。まあ、コンパは時と場合による」 「行くんだ……幻滅しました」  神田先輩が眉をひそめて呆れた声をあげる。 「ああもう、なんだっての。おまえが聞くから答えただけなんですけど。勝手に幻滅しないでくれる?」 「だって、時と場合って。龍也だって、彼女なしの友達のために飲み会ひらくだけだっていうんですよ。じゃあ龍也は楽しまないのか? いいや絶対一番楽しむに決まってる」  一息でそこまで言い放つ。はあ、とため息もでる。  なんでなんで。  彼女の私をほっておいてバレンタインに飲み会を設定できるの。  おかしいでしょ。  あ。  そうか。  もしかして。 「私が、いつの間にか二番手さんなんですかねえ」  さっきの社長さんとの面談でも感じた。  私が主担当で本命のはずなのにまるで二番手みたいな扱いを受けたこと。  それはきっと神田先輩の言うように仕方ないこと、かもしれないけど。  結局のところ、先方がどう思っているか、が問題で。  私なんかは本命じゃなくて  二番手なんだよってはっきり言われてるみたいでぐさっと刺さった。私のやる気が鬼に食べられておかしくなってたのが悪い。わかってるけど。  自然にうつむいてしまう私の耳に、神田先輩のわざとらしいくらいの明るい声が聞こえる。 「まああれだ。そんなことばっかり言ってないで、信頼されたいなら努力しろ。先方だってそりゃどんなやつか知らないうちに心の扉とか開けられないからさ」 「また心、ですかあ」 「今時のドライな感じの社会にはうざったいと思うけど。昔ながらの社長さんもいるわけだし。そもそも誰にでも心ってあるからさ」  誰にでも。そりゃあそうか。  神田先輩はうんうんと頷いた。  その顔がニヤけているから思わず突っ込む私。 「いいこと言ったって思ってるでしょ」 「思ってるさ。可愛い後輩のためだからな。先輩らしく。あ、そこのコンビニ寄って。コーヒーほしい」  ふふふ、と笑って神田先輩は。  社用車を運転する私に先輩らしく指示を出した。 *  帰社してもなお、考える。  龍也に用意したチョコは鞄に入ってる。  もしかして会えたら。なんて思って。  でも本当は龍也にとって私が既に二番手なら、こんなの要らないだろうな、とも思う。  私は彼氏彼女だと思っていたけど、もしかしたら龍也にとっては、とっくに彼氏彼女とは違ってしまっているのかも。  あー。  心の中がうつせたらいいのに。 「今度は百面相か? 顔が変だぞ」 「ほんとに失礼ですよね、先輩って。こういう顔なんです」  口をとがらせて言い返す。  そんな私に先輩が何やらぐいと押しつけてくる。  さっき帰り道で寄ったコンビニの袋だった。 「なに? なんですか?」 「まあ、あれだ。おまえが鬼の形相だったから。せめて鬼だけでも追い払っておこうかと」 「はあ」  袋を開ければ、中にはあまいあまい甘そうなココアと。  ちょっと高めの、どこかのパティシエとコンビニのコラボしたチョコレート。  私は目をパチパチさせて先輩を見る。先輩はどこか視線をずらしたように目をくるくるさせた。 「このチョコ、くれるんですか?」  その途端、がくっと肩を落とし先輩は苦笑いをする。そうして私を見据えて頬を緩めた。 「この状況であげなかったらおまえの顔がもっと鬼になるだろ」 「当たり前です」  思わずにんまりと笑ってしまった。  チョコってこういうものだ。  ついつい顔がにやけてしまう。  この甘いチョコを私の中の鬼に食べさせておこう。  そうして鬼を落ち着かせておいて。あわよくば追い払っておいて。  優しい私に戻って。  ちゃんと龍也に聞こうと思う。  私は何番目ですか、って。  その答えが悲しいものだったら、用意したチョコは私が食べてしまおう──。 「俺としては十分本命でいけると思うんだけどな」 「は?」  神田先輩が何か言ったけれど、意味はよくわからない。  先輩の心の中をレントゲンで撮影したらわかるかも?  でもまあ、こんなにおいしそうなものをくれる人に悪い人はきっといないはず。  私の心の中を透かしてみたのか、先輩が笑った。 「俺っていいやつだろ? 二番手の先輩が本命になりそうだろ?」  その冗談が優しくて。  私はぷはっと吹き出した。  先輩が何か言いたげに、口をぱくぱくさせている。  その口に。  チョコでも放り込んであげようかしら、なんて思ったりもした。 了

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