プロローグ

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プロローグ

目を覚ましたとき、見慣れない天井が広がっていた。 白とグレーと黒で統一された、無機質な部屋。 どこか生活感の薄いその空間に、ゆっくりと意識が浮かび上がる。 (……ここ、どこ……) 体を起こそうとして、違和感に気づいた。 自分が寝ているのは、広いベッドの中。 そしてーー 身につけているのは、見覚えのない大きめのロンT。 ふわりと、柔らかい洗剤の香りがした。 誰かの匂いだと、気づくのに時間はかからなかった。 心臓が、どくんと強く跳ねる。 昨夜の記憶を辿ろうとしてーー そこで、ぴたりと止まる。 (……歓迎会……) (……それから……) 思い出せない。 その時、不意に背後で気配が動いた。 「起きたか」 低く落ち着いた声。 振り返った先にいたのはーー 「……小野寺(おのでら)、課長……?」 一瞬で、血の気が引いた。 状況が理解できないまま固まる私に、彼はいつも通りの表情で言う。 「……佐倉(さくら)」 低い声が、やけに近くで響いた。 息がかかりそうな距離にいることに気づいて、反射的に身を引く。 その拍子に、シーツがずれてーー 自分の格好が視界に入った。 「……っ、え」 ぶかぶかのロンTの下は、何も身につけていない。 一気に顔が熱くなる。 慌ててシーツをかき寄せると、背後で小さく息が漏れた。 笑った、ような気がした。 「……覚えてるか?」 「お、覚えてないです……」 声が震える。 頭の中は真っ白で、昨夜の記憶はどこを探しても見つからない。 ただひとつ分かるのはーー ここが、自分の部屋じゃないということ。 それに。 「……なんで、課長がここに……」 恐る恐る振り返ると、彼はベッドの端に腰をかけたまま、こちらを見ていた。 いつもと変わらない、落ち着いた表情。 そのくせ、視線だけがーーやけに近い。 逃げ場がないことを、突きつけるみたいに。 「……ここ、俺の部屋だからな」 淡々とした声。 それだけで、現実味が一気に増した気がした。 (……どういうこと……) 頭が追いつかない。 歓迎会、酒、ざわつく声ーー 断片だけが浮かんでは、すぐに途切れる。 「……動けるか?」 不意にかけられた言葉に、顔を上げる。 「え……?」 「顔色、悪い」 短く、抑えた声。 試しに体を動かそうとして、わずかな違和感に息が詰まる。 「……っ」 思わず、動きを止めた。 その様子を見ていたのか、彼が小さく息をつく。 「……あの」 喉がひりつく。 「昨日、私……何かしましたか」 一瞬だけ、間があった。 ほんのわずかに、視線が揺れる。 それから。 「……したな」 小野寺は小さく息を吐く。 心臓が、追いつかないみたいに速くなる。 「な、何をーー」 言い終わる前に、彼が視線を落とした。 一瞬だけ、言葉を選ぶような間。 それから、ゆっくりと視線を戻す。 「……何も覚えてないか」 低い声。 逃げ場を塞ぐみたいに、まっすぐ向けられる。 「……」 言葉が出ない。 出てこない、じゃなくてーー 出してしまったら、何かが決定的になる気がして。 ただ、首を振ることしかできなかった。 その動きを見て、彼は小さく息をつく。 「……そうか」 それだけ。 それ以上は、何も言わない。 けれど。 沈黙の中で、確かに分かってしまう。 ――何かが、取り返しのつかない方向に動いていることだけは。 そしてそれは、ただの一夜の過ちでは終わらない気がした。

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