序章『春風来たる』

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序章『春風来たる』

高校に上がって直ぐに、両親が離婚した。俺は自由意志を尊重されて、どちらについて行くかを決める事が出来たので、迷わず母親について行くことに決めた。 家族に黙って借金と女を作った父親と、それを苦にして年下の男に逃げた母親。どちらに心の中にある天秤が傾くかと言われたら、多少の侮蔑の感情が入り混じってしまったとしても、まぁ普通の感覚なら母親に付きたくなるのが人情というものだろうと思う。 父親に対する愛情や同情心は既に欠落していたけれど、母親はやはり子供にとってはどこまでいっても母親で。 育児を放り出して男に逃げていた時間も、父親の事があった事だし、まだ目が瞑れる範囲だと判断出来たから。 俺はそのまま母親と一緒になって、転がり込む様にして築年数40年強のボロアパートに身を寄せる事になった。 因みに裁判沙汰になると分かった瞬間、母親とイチャコラしていた男はトンズラ。残されたのは、抜け殻の様になった母親と、男に母親が最後に渡したボロアパートの鍵だけだった。 元から瓦解はしていた家庭だったけれど、最後に我が家の崩壊に決定打を加えたその男と母親がいっときでも一緒に住むつもりだったのだと分かり、郵便受けを開け、その鍵を見とめた瞬間に背筋がゾッとした。 そして更に俺にトラウマを植え付けた記憶は、その後に見た母親の顔だった。その鍵を母親に渡した瞬間の顔は、一生忘れることは無いだろう。 全てを失った女の、絶望した瞬間の表情を。 それから直ぐ、高校に通いながらのバイト生活が始まった。俺は自分の両親のような馬鹿の見本になるつもりはなかったから、昼はバイトに明け暮れ、夜は必死になって勉強をした。 このジリ貧の生活を変え、心療内科に通い始めた母親の薬代を稼ぐ為には、学力をつけ、良い会社に就職をする他に道がなかったからだ。 それでも机に齧り付いて勉強をする才能にだけは恵まれなかった俺は、途中で幾度も挫折しそうになった。しかし、父親の残した借金もあったために、国立の大学以外に進学の道が無かった俺にとって、挫折をするという一手だけは選ぶ事が出来なかった。 親戚筋の経営する塾に何とか授業料を工面して貰いながら通い詰め、受験をし、ギリギリの所で志望校に合格。奨学金を利用して、この春からその受かった大学に通っている。しかし、苦労して入学だけは出来たとはいえ、学生生活を満喫している他の同期生とは、どうしても自分を比べてしまいがちだ。 新歓、コンパ、サークル活動。 彼女、彼女、彼女。 両親が離婚したというだけで、どうして俺だけがこんな目に遭わなければならないのか。来る日も来る日も、バイト三昧。新歓も最初のうちは誘われたけれど、バイトを理由に涙を飲んで断った。今となっては最早声すら掛けてもらえない。それもそのはず。俺には入学以来、友達の一人もいないのだから。というか、そもそも友達と言える人間が俺にはいない。その理由は、至極簡単に導き出せた。 受験に際して禁止していたけれど、俺は無類のゲーム好きでもある。友達よりも、まずゲーム。そんな風にして、青春を食い潰してきた結果、友達という友達を作る事をしてこなかったのだ。 ゲームは悪くない。それをする自分自身の責任なのだから。だから、ゲームをしてきた事によって友人関係が希薄であると関連付けて、それを理由にするつもりはない。じゃあ、友達がいない理由はなんだ、と聞かれたならば答えは主に三つ。 自分で言うのもなんだけど、俺は性格が暗い。そして、両親の一件やその後自分の身に降りかかってきたクラス内でのいじめなどの問題があって人間不審を拗らせ、対人恐怖症を患っている為、前髪を長く伸ばして生活をしている。その上に、ゲームばかりしてきた結果の弊害として視力が下がり、分厚い眼鏡を掛けているので、見た目からして余計に暗さに拍車が掛かっているのだ。 そんな俺に声を掛けてくれる奴なんてゼロに近しい。因みに宗教勧誘には校内に居ながらにして何度も声を掛けられたりしている。あの人達の笑顔って、なんだか作り物みたいで怖くない?てか、なんで俺ばっか狙うの?何か同じ周波数でも感じ取ってんのかな。だとしたら複雑な気分だ。 まぁ何が言いたいかと言うと、そんな俺が身入りの良い接客業なんかのバイトに従事できるはずがないということだ。纏った収入を得る為には、出来るだけ他人とコミュニケーションを取る必要性のないバイトを選んで数をこなすほか無かった。 性格が暗い、見た目が暗い、そして金も時間も無い。これが、俺こと間中 修の人間関係が破綻している主だった理由だった。 でも、そんな俺にも心のオアシスはある。 もしこの世界に神様という存在がいるのだとしたら、俺に救いの手を差し伸べてくれて、ありがとうと高らかに叫びたい。 俺は足取りも軽やかに、授業開始5分前のチャイムが鳴り響くなか、講義室へと足を進めた。 どんなにバイトが忙しかろうとも。 どれだけ先に進めたいゲームがあろうとも。 この講義だけは絶対に受けなければならない。 何故ならば、そこに彼がいるから。 俺の人生に麗かな春風を運んできてくれた、彼が。

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