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本棚に追加次代の王
全身をめった刺しにするようなとげとげしい悪寒が走り、ジアはたまらずその大きい背を丸めてうずくまった。耳元ではいつもより駆け足になった心臓の鼓動が鳴り響き、胸元を押さえるように握りしめていたこぶしの中には汗が貯まっている。
次代の王が生まれたのだ、と頭の中でささやく声を聴きながら、ジアは荒くなっていた息をゆっくりと吐きだした。
ジアはこの総大陸の北に位置するフィード国の王であり、魔族を称する一族の代表者である。人間とは違って魔力を有して生まれてくる魔族には、歴史の中で必ず一人『王の証』を刻まれたものが存在した。
『王の証』を持つものはみな、総じて魔力量が多くジアも例外に漏れずその中の一人に名を連ねていた。それどころかジアの魔力量は歴代の魔王の最高値といっても過言ではなく、ジアに力で敵うものはその側近であっても誰一人としていなかった。
しかしそれは次代の王が生まれる前のことである。ジアが今代の王として生きてきた500年余り、その全てがジアを軽々と上回る程の魔力量を持った次代の王の存在に警鐘を鳴らしていた。
頭を引き裂くような耳鳴りが大人しくなってからようやくジアは重たくなった腰を下ろすことが出来た。未だにしびれの残る体を背もたれに預けて、固く止まった上着の一番上のカフスを一つ外す。
次代の王の圧倒的な魔力量の高さを痛みをもって感じた王は、空を見上げたまま側仕えさえ呼ぶことなくまぶたを閉じた。
次代の王の誕生は本来であればとても喜ばしいことだった。ジアの愛する同族が増えただけでなく、『王の証』を持つものが二人となったことで王位の継承問題がなくなったのだ。これでジアに万が一のことがあっても、間を空けることなく次代の王がその席に座るだろう。
ただ一点、その次代の王の魔力量がジアを上回ったことだけが問題だった。
「面倒なことになるな…」
手の甲にある『王の証』をさすりながら立ち上がり、利き手である右手をいくらか握りしめて開く。そして滑らかに動いた指に一度だけ頷いて、ジアは片腕を両目の高さまで持ち上げた。
「鳥よ」
仰向けに差し出されたジアの手に丸い球上の魔力が集まり、やがてそれは小さなカラスの形になった。次いで書斎へと通じる部屋に向かって手の平を向けて何もないはずの空中を掴んで引き寄せると、動きに合わせて一枚の紙とペンが飛来してジアの手元に収まる。ジアは紙にペンを走らせた後インクを乾かすように軽く紙をひと振りし、折り畳んでカラスの足に結んだ。
「これをディリーテ領へ」
カラスが窓から飛び立つのを見送って、廊下へと続く私室へのドアに手を掛けて外に待機していた近衛兵たちの元へ向かう。いつもの彼らは気のいい連中で、職務から抜け出したジアをちらりと見やっては「またですか」「今回だけですよ」と笑いながら見逃してくれていた。
しかし今日の彼らが部屋から出てきた王に目を向けることはなかった。力の入っていない手で槍を持ちながらうつろな顔をして北側の窓を見つめている。
「仕方のない…」
窓の向こうのさらに奥、やや西寄りの方角にディリーテ領はある。今代の王ですら圧倒されるほどの魔力に、一兵士である彼らはあてられてしまったようだった。
ジアは彼らの目の前で手を叩いて肩を強く揺すぶった。彼らはしばらくぼんやりとしていたがその目の中心は徐々にジアへと戻っていった。
「へ、陛下…」
「まあ、あの魔力の前では当然のことだ。あまり気に止むなよ」
表情を無くしてうろたえる騎士の肩を叩いてその場を離れる。彼らは強く唇をかみしめてうつむいていたが、すぐ顔を上げてジアの後ろに付いた。
玉座の間に着いて兵たちが開いた扉を通ると、先ほどまで着席していた側近たちが皆席を立ち頭を下げていた。
「王よ、お話があります」
「お前から話とは珍しい。蛙でも降るのか?」
椅子に腰を下ろしたジアに側近たちの中から一歩歩み出ていた宰相が告げる。王は鼻で笑いながら返したが、宰相の表情は変わらなかった。
「お前は本当につまらんな…」
「お褒め頂き光栄です、王」
「して、話とは」
問いかける言葉遣いとは裏腹に王の言葉は疑問を孕んではいなかった。宰相は浅い息を隠すように唇をひと舐めし、王の言葉に応える。
「それでは…率直に申し上げます。次代の王につきまして、王はどうなさるおつもりですか」
「どうもこうもない。お前たちも感じただろうが次代の魔力量は明らかに別格、これまでの魔王などその足元にも及ばぬ。あれこそ王に相応しい」
「そのようなことは!!」
「王よ、今一度ご再考ください」
玉座の間にいた側近たちがそろって顔を上げ撤回を求めたが、王が席を立ち手を上げたため口を閉じる。
「もう決めたことだ。これは王命である」
付け加えられた発言に、側近たちは唇を震わせながら頭を下げ礼を示した。
「王、発言をよろしいでしょうか」
「許す」
「次代の王を生かせば魔力主義派共が黙っておりますまい。近いうちに奴らは次代の王を王位につけるべきだと騒ぎ立てることでしょう。いくら王とて多勢に無勢、あの単細胞共が戦争を起こせばこちらは不利となりましょう」
「ああ、そうだろうな。あれらは高魔力保持者が王であるべきなどという単純な理念のみで行動しているからこそたちが悪い。いくら次代の魔力が高いとはいえ赤子に政は任せられんことぐらい少し考えればわかるだろうに」
「一部の者は当然理解の上でしょう。魔力が高く『王の証』持ちであれば次期王のイスは確定しているも同然ですからね、幼いうちから傀儡にすべく躍起になるはずです」
側近たちの異論が止んだ頃合いを見計らって上がった宰相の声に王は眉間の皺を深くした。
魔力主義派は魔力を持つ者が全てを統べるという理念を掲げた魔力至上主義者たちによる団体で、その理念の通り力こそ全てであると公言している。だからこそ所属している者の多くは頭こそ固いものの実力のある精鋭たちばかりで、暴君となっていた先代の王を打ち倒すための先の戦争ではジアも彼らの力を借りていたほどだった。
それからはジアという最大魔力保持者が王となったことで満足したようにずいぶん大人しくしていたようだが、次代の王が生まれた今、彼らが敵として動き出してもおかしくない。
彼らにとって頂点に立つのは一等優れた魔力保持者のみ。ゆえに次代の王よりも劣るジアはたった今彼らの理念の障害となったのだ。
「魔力なぞなくても秀でている者はいるというのに、まったく嘆かわしい」
「先の戦争では役に立ったからいいものを…脳筋というのも考えものですね」
二人で顔を見合わせて同時に眉を下げる。
彼らの厄介なところは理念に対して異常なまでの執着性を持つところだ。彼らは最高魔力保持者を定めるためならば次代の王が赤子であれ獣であれ彼のために文字通り力を尽くすことだろう。
ある意味暴力的である彼らとの対立を避けるため次代に手をかけた王も歴史の中には少なからずいた。
「次代の魔力を顧みるにあれらにとっての障害はこちらだろう。即座に首を落としにかかるだろうな」
「王、滅多なことはおっしゃらないでください」
「なに、あと200いや300年はこの座が空くことはなかろうよ…さて今日はここまでとしよう。明日また改めてお前たちの話を聞かせてくれ」
「お待ちください!」
肩をすくめて席を立つジアの背中を宰相が呼び止めた。王位についてから現在に至るまで右腕としてジアを支えてきた彼にしては珍しく声が上ずっていた。
「王の覚悟、この胸にしかと刻みました。しかし私には御身を危険に晒してまで生かす価値が次代にあるとは思えません。次代とて赤子、我らがそろってかかれば時間はかからずとも死に至らしめることが出来ましょう。なぜそれを命じてくださらないのですか」
「…次代とはいえ彼も我が国の国民であり、魔族の子。等しく宝であるものを、次代だからと奪えるものか」
宰相を一瞥し玉座の間を後にした王はカラスと魔力路を繋げた。魔力を通し使い魔と意識を同調するとジアの眼下に森が広がる。後方には豆粒程度になった城下町があり、優秀な使い魔に王の口には笑みが浮かんだ。
『流石だ。後は頼む』
王の命を受けたカラスが了承の意を示したのを感じ、王はカラスとの魔力路を絶った。使い魔がディリーテ領についたのはそれから3時間を過ぎたころだった。

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