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本棚に追加鳥籠の外
甲高い鳥の鳴き声でレニは目を覚ました。ベッドから下り近くのカーテンを開くと、斜めに入った日差しが室内を照らす。窓の外を眺めながら数度瞬きを繰り返してようやくレニは歩き出した。部屋の備え付けである手洗い場に入り、顔をすすいだ後手近なタオルで水気を取って顔を上げる。正面の鏡には黒髪を肩まで伸ばした少年がぼんやりとした目でこちらを見ていた。
レニの生まれた日、ディリーテ領主は屋敷の者に別邸を設置するよう指示を出し、乳母を含めた数人の使用人と自身以外の者がレニに付くことを禁じた。領主館付近の畑は焼き払われ、更地となった土地にこじんまりとした屋敷が建ったのはそれから10年後のことである。
当時乳飲み子であったレニを考慮し別邸に同行させた乳母たちもレニの成長につれ本邸へと移動になり、以来100年間別邸の住民はレニただ一人であった。
手櫛で髪を整えたレニは寝間着を脱ぎクローゼットから選んだ適当な服に着替えた。机の上に置かれた紐で髪を結い、部屋を出る。
階段を下りて左手にある食堂に入り、天井から釣り下がるシャンデリアを一瞥することなく奥へと進む。隅に作られた質素なドアを開けキッチンの中を見渡すと、勝手口に置かれた袋の元へ向かった。詰め込まれた食材の中からいくつか手に取って台へ運び指を鳴らせば、台の上の食材は一口大の大きさに分かれ食器棚から飛び出した片手鍋の中へと納まった。再度鳴った指に合わせて空中が発火し、鍋と同程度の大きさに広がると鍋を揺らしながら炙り始める。その傍らでは食器棚の隣から浮遊したパンにバターの付いたナイフが重なり四方に器用な手つきで塗り進めていた。
鍋の香りが変わった辺りで食器棚から皿を取り出し、鍋の中身とパンを盛り付け食堂へと運んだ。テーブルの端で食事を取り、空になった皿を浮かせキッチンに浮かぶ水球の中に閉じ込め部屋に戻る。
ベッドの向かいにある本棚から数冊手に取り、擦り切れた背表紙を指でなぞりながら席に着く。机の上に広がる魔法の成り立ちや魔族について事細かに記された本の幾つかは、レニの50歳の誕生日を機にと律儀な王から年ごとに賜っていたものだった。
本来魔法とは体内に保有する魔力を魔法の規模に応じて消費し光や火、水といったモノに力を借りることで成り立つ現象である。レニの手元にある本もこの通説に倣っており、多少の言い回しの違いはあれど部屋の本棚に並ぶ書物と大差のない内容が記されている。教えの正しさを説く似通った文字の数々はレニという例外の一切を否定していた。
生まれながらにして有限な魔力を持つ魔族に対し、レニの魔力は体内で生成したものでありそこに際限など存在しない。やがて肉の器を超過し自動的に対外へと放出された魔力は大地に対する供物と見なされ、魔法という対価をもってレニへと返還される。
詠唱なく複数の魔法を行使する次代の王の姿は魔族というには余りにも異質で、彼に仕えていた者達でさえ忌避の目を向けた。彼らが領主の元へ別邸から本邸へと移動を願い出るまでそれ程時間はかからなかった。
世話役が不在となってもレニの生活は変わらず続いていた。幼児体型のレニでは身長や体力面で賄いきれない部分は魔力を食った大地のモノたちが補った。彼らは魔法を起こす度にレニの周囲を光を散らしながら数回回る。願いのない魔力を受け取っていた彼らなりの対価の払い方のようだった。人ではない彼らとうまく付き合いながら送る生活は表面上は問題なく思えた。
最も早く違和感を抱いたのは、定期的にレニの元へ使い魔を送っていた今代の王である。年に一度、監視という名目でディリーテ領に向かわせていたカラスの映像を確認していた王は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
映像に映る次代の王は少年の姿となってもなお赤子のような言葉を使っていた。50歳差もある我が子でさえできている発音すら舌ったらずなままで、明らかに見た目と中身が釣り合っていなかった。
王は早急にディリーテ領主に警告文を送ったが、10年近く経っても次代の王に目立った変化は見られなかった。その日から王はレニに本や助言の書いた紙など様々な知識を与えた。レニが読めない文字は映像魔法を使って直接教えることも少なくなかった。
こんこん、と窓ガラスをノックする音にレニはページをめくる手を止め頬をほころばせた。いくつもの鎖がかけられた格子を外して窓を開けると、窓枠に止まっていたカラスがカアと鳴く。
「カラス!!」
両手を大きく広げるレニの腕にカラスはしばらく収まった後、部屋にある机の上に翼を広げて飛んでいった。その足元にはいつものように紙が結ばれており、レニはそっと手に取って文字を読み上げる。
「は、はいけい、レニ。ごきげん、いか…いかが?」
カラスはたどたどしいレニの口調を直そうとはしなかった。ただ時々レニが文字を読めずに詰まってしまうと本棚から本を持ってきては嘴で刺して手取り足取り文字を教えた。そしてレニに今代の王への返事を書かせ、それを足に結び付けてからようやく一礼して帰っていくのだった。
「あ、あの!!今日は、もう少し」
窓に爪をかけたカラスを珍しくレニが後ろから呼び止めた。カラスは少しだけ首を傾げたが、それ以上レニは口を開こうとしなかったのでゆっくりとした動作でレニの元を後にするしかなかった。
黒い影が闇に消えていくのをレニは大粒の涙を目いっぱい貯めて見送った。これからあるのはカラスや王にはとても見せられないほど口にするのもおぞましい地獄だった。
「ああ…レニ…」
普段は別館に住んでいる父親がこうしてレニの元にやってくるのは決まって時計の針が1の文字を通り越した後のことだった。明かり一つもなく暗くなったベッドの上を虫のように上がってきては陶酔した顔でレニの肌を舐め回した。
目を背けるレニに見せつけるように父は首筋を往復するように舐めて鎖骨をしゃぶる。初めは父から逃れるようにもがいていたレニだったが、父が口癖のように「こうなったのはレニのせいだ」と唱えると魔法でもないのに体が動かなくなってしまうのだった。
父親がレニに手を出すようになったのはレニの姿が赤子を抜けて少年の形に定まってきた年だった。元よりレニの体を執拗に触ること多かった父だったが、レニが精通を迎えてからはより明確になっていって継母も薄々感づくほどだった。その継母に「お前はその程度でしか役に立てないのだから」と吐き捨てられてからはレニの体はますます父の下で固くなっていった。
「ああ、レニ…レニ…お前は母親そっくりだ」
子供をあやすような手つきで頬を撫でられ、レニの背筋に汗が流れた。まだ今代の王と出会うまでは父にされるがまま、この卑猥な手を迎え入れていたかもしれない。しかし今のレニはこれが父と子のあるべき姿から大きく外れていることを本と王のおかげで学んでいた。
小さく肩を震わせるレニを見下ろしながら父はピンク色の乳首に舌を這わせた。舌先で乳輪を繰り返しいじって最後は強く吸い上げる。ぴりぴりとひりつく胸元にレニは涙が出るのを止められず、その大きな丸い目から涙の粒をいくつもこぼした。
「ああ、かわいそうなレニ…」
じっとりとした肉厚の舌が頬骨の上を通り過ぎるのを感じながら、レニは父親がすぐにでも部屋を出ていく姿を頭の中で浮かべていた。そんな夢を見るレニとは裏腹に時の針は無情にもカチ、カチ、と規則正しく動き続けた。

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