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本棚に追加人にはそれぞれ悩みがある。
例えば、私、グレーシア・ファガスの目下の悩みは、婚約者の態度に起因する。
「は? 婚約者の口数が少なすぎて困ってる?」
ファガス子爵邸の花の咲き乱れる庭園にて。
友人のアネッサが飲んでいた茶器をカチャリと置き、何故という視線をこちらに向けた。
「婚約者の人とは良い感じ?うまくやっていけそう?」と聞かれたので、会って早々で申し訳ないが、彼のことで悩んでると、つい溢してしまったのだ。
「グレーシアの惚気話を期待して聞いたのに、まさかの悩み相談か~」
「せっかく休みを合わせて来てもらったのに、暗い話でごめんね」
アネッサは伯爵令嬢であり、王城で王女殿下付きの侍女をしている。
彼女の休暇は不定期で、一方私もファガス領の次期女領主として父の補佐をしてる関係で、休みの日は父の裁量となる。
互いに都合の良い日が中々合わず、今日になってようやく顔を合わせることが出来たというのに、残念な話の報告からとなってしまい心苦しい。
「彼と婚約してもうすぐ二月経つんだけど、彼からほぼ決まった語彙以外の声を聞いたことがないのよね……。
例えば、こうやってお茶をするじゃない?そしたら、普通は何か話をするでしょ?
でも、向こうから話題を振ってくることなんて皆無。だから、いつも私から話をするんだけど、全部『ああ』とか『そうか』とか、相槌で終わっちゃうのよ」
思わずため息が口から漏れ出た。
これほどまでに会話がつまらないと思った人は過去にいただろうか、いや、いない。
庭師のゼツじいの土壌の講義話すら楽しいと思えるレベルだ。
余りにも会話が弾まないので、昇進のためとはいえ、彼にとって私との婚約は不本意で、そのためにあのような態度を取っているのだと当初は思っていた。
けれども、会うたびに花をプレゼントしてくれるし、にこやかな表情で私の話を聞いてくれるし、デートしたら、ちゃんとエスコートしてくれる。
なので、私のことが嫌いだから返事を素っ気なくしている訳ではないらしい。
――でも、だからこそ、余計に困る。
正直どうしたらいいのかわからない。
私が向こうにに合わせて黙ったら、どうしたの?という顔を寄越してくるし……
いっそのこと、もっと喋ってよ!と、キレ散らかしたらいいのだろうか?
いや、さすがにそれは最終手段な気がする。
「じゃあ、『はい』、『いいえ』以外で答えなきゃいけないことを聞いてみたらどう?」
「もちろん試したわ。例えば『魔獣狩りって恐ろしくはないですか?どうやって戦ってらっしゃるんですか?』って聞いたとするでしょ。そしたら『剣で』、以上よ。一応答えてはくれるのだけど、それ以上話を広げようとはしないの。私が深掘りして聞いても、いつも答えはこんな感じ。毎回こんなだから会うたびに疲れちゃって……」
「コミュニケーション上手なグレーシアが疲弊するなんて、余程のことだね……。ええと、婚約者の方って、どんな方だったっけ?確かグレーシアより四つ年上の騎士団の人ってことは聞いたと思うんだけど」
そうだった、まだ婚約してからアネッサに詳細を話してないんだった。
「ごめんなさい、きちんと紹介してなかったかも。婚約者の名前はランデン・リンツ様、騎士爵の方よ。
第七騎士団支部の北の駐屯地で部隊長をやってらっしゃるのだけど、この前のドラゴン討伐でその功績を認められて、次の副団長に昇進を確約されたらしいの。ただ、副団長になるにあたって騎士爵では爵位が足りないから、子爵家の一人娘の私が、彼の婿入り先の相手として選ばれたってわけ」
まだ婚約者のいない娘がいて、しかも婿を探してる丁度よい爵位の家という条件に見事に家が該当した。ファガス子爵家の領地が、彼の副団長就任後の勤務地となる第七騎士団の拠点に比較的近いことも決め手となったらしい。さらに、彼とどういう繋がりがあるのかしらないが、何故か第三王子からの強い推しもあって、我が家が口を挟むこともないままあっという間にランデン様との婚約が決まってしまった。
ちなみに、この国では爵位は男子のみに継承されるが、女性が仕事をすることは推奨されている。そのため、ランデン様は結婚後に子爵位を得ても騎士団の仕事を継続し、一方で私が領主の仕事を担当する取り決めとなっている。
「ああーリンツ様! え、グレーシアの婚約者ってあのリンツ様なの!?
最近城内に出入りしている美丈夫の騎士!あらゆる美に見慣れている王女様も見惚れてたくらいだもの。極上の容貌よね。それにまだ若いのに副団長に抜擢って、かなりの有望株だし。
今まで北の支部にいたから全く話題に上がらなかったけど、王城勤務だったら彼にアプローチする女性で溢れてたんじゃない?婚約者がいるって聞いてみんな残念がってたわ。
なーんだ、その婚約者がグレーシアだったのね」
「そうなの、私だったのよ……」
アネッサの言うとおり、彼の容姿は抜群にいい。
見た目は完全におとぎの国の王子様。シルバーの波打つ長髪に、淡く青い瞳と、北方出身だからか、全体的に色素が薄い。
身体付きも筋肉隆々というわけではなく、細身なので、剣を振るうよりも白馬に乗って指揮をとっているほうが俄然似合う容姿をしている。
これまでさぞおモテになったに違いないと思ったのだが、残念ながら特定の相手はいなかったようだ。
やはり、会話に難があるから長続きしなかったのだろうと勝手に推測している。
「将来有望だし、顔はめちゃくちゃいいのよ。だけど、美人は三日で飽きるっていうじゃない?
これから先、結婚して一緒に暮らしていくわけでしょ。それなら多少容姿がイケてなくても、会話が弾む人が良かったな……」
他の人が良かったなんて、思ってても口にしてはダメだと頭ではわかっていても、つい言葉にしてしまった。
家族に相談しても、うまくやりなさいと言われ、侍女たちに愚痴をこぼせば、あんなに顔がいいんですからそこに居てくれるだけでいいじゃないですか、なんて言われる始末だ。
会話が少ないくらいでなんだと頑張ってみたものの、会うたびに私ばかり話す状況に心が折れそうになっていた。
……というかほとんんど折れていたので、今こうして愚痴っているわけなのだが。
そんな私の気落ちしている様子を見て、アネッサだけは咎めることもなく慰めの言葉をくれる。
「何人かの猛者たちがリンツ様に話し掛けに行ったらしいんだけど、みんなに素っ気ない態度だったらしいから、誰に対しても寡黙なのかもね。美形の婚約者なんて羨ましいって思ったけど、グレーシアも苦労してるんだね……」
「そうなの、苦労してるの!」
アネッサの言葉に、思わず両手を組んでうんうんと頷きを返す。
「でも、見た目も残念で、しかも無口だったら救いようなくない? 見た目だけでも良くてよかったじゃん」
「それはそうだけど」
「でしょ。物は考えようだよ! 初めて顔合わせしたときから口数は少なかったの?」
「んー、まあ、そのときは普通だったかしら。聞かれたことに、最低限答えてはいたと思う。リンツ様……ランデン様のご両親は既に他界されていらっしゃるから、親代わりだ、って第七騎士団の団長さんが両家の顔合わせに同席したのよ。その団長さんが仲介役として色々喋ってくれてたから、ランデン様の無口が気にならなかったっていうのはあるかも」
「そうなんだ……まあ、返事を返してくれるってことは、人として最低限のコミュニケーションができるってことじゃない。無視されるよりはマシ!」
「そうだね、無視されるよりは、ね」
――なんだかランデン様への期待値のハードルがめちゃくちゃ低くなっている気がする。
「グレーシアは沈黙が嫌なの? 向こうが気まずくないなら無理して会話しなくてもいいんじゃない?」
「うーん、沈黙が嫌なわけではないんだけど、会話を楽しみたいのよ。どちらかというと、私ばかり喋って、向こうは退屈してないかな、とか、気を使っちゃうところが嫌なのかも」
「グレーシアから見て、リンツ様は退屈そうに見える?」
「ううん。ニコニコしながら私の話を聞いてくれてる」
「めっちゃいい人じゃん!ただ口下手な人なだけなのかもよ。それか、人の話を聞いてるほうが極端に好きな人」
「そうなのかなぁ……」
考えてみれば、最低限のコミュニケーションは取ってくれてるし、顔は極上だし、私の話もにこやかに聞いてくれるし……もしかして私が贅沢を言い過ぎているだけ?いやいや、そんなことはないか。
けれども、自分が思ってるよりも、悲観しなくてもいいのかもしれない。
やっぱり、困ったときは彼女に話を聞いてもらうに限る。
「ありがとう、アネッサ。憂鬱だった気分が少し晴れてきた」
「どういたしまして。ちなみに、次に会うのはいつ?」
「……今日、このあと」
「おっと、思ったよりも直近だったわ。私、早めにお暇したほうがいい?」
「全然! 全く気にしなくていいから、長居して? どうせ来るのは夜だし……三日にいっぺんは家に顔見せにくるのよ。そのたびに私しか喋らない修行の時間が来るっていう、ね」
そう、三日に一回は絶対に来るのだ。
めちゃくちゃマメだと思うし、それに、こんなに頻繁にくるなら早く二人の会話にも慣れて欲しいのに。
「み、三日にいっぺんって、結構な頻度だね……。家で夕食をご一緒したりするの?」
「ううん、しない。アネッサも知ってのとおり、最近王城に用事があるみたいで、王城に行った帰りは必ず屋敷に寄ってくるのよね。でも、私の顔を見たらすぐに帰ってしまうの。北の駐屯地からうちまでは結構距離があるっていうのもあるんだろうけど」
おそらく、早馬で駆けても駐屯地に着くのは毎回夜更け過ぎなのではないだろうか。
「王城からここも近いわけでは無いのに、わざわざ家に立ち寄ってくれてるんだ」
「でも、来たところで、向こうの発言ほぼゼロだからね?毎回お花をお土産に持ってきてくれるのは嬉しいんだけど……」
「ええっ、花のプレゼントまで!三日に一度わざわざ仕事帰りに会いに来て、花をプレゼントしてくれるなんて、良き婚約者以外の何者でもないわ」
「ただし、無口」
「ううん、それさえ改善できたら……結婚はいつするか決まってるんだっけ?」
「半年後を予定してるわ。向こうの希望で、式は親族だけでこじんまり行うつもり。本当はアネッサにも来て欲しかったんだけど……」
「グレーシアのウェディングドレス姿が見れないのは残念だけど、気にしないで。それにしても半年後かぁ。それでこの頻度の逢瀬はなかなかだね……」
「やっぱりそう思うよね? 多いよね? 北の駐屯地の隊長ってそんなに暇なの?っていつも思っちゃうんだけど」
魔獣さえ出なければ案外暇なのかしら?
そうはいっても仕事終わりで疲れてはいるだろう。そんな頻繁に来てくれなくてもいいんだけど。
「副団長になるから引き継ぎもあるだろうし、暇ではないと思うけどな……。忙しい中時間作って会いに来てくれてるんじゃない、それだけグレーシアのことを大切に思ってくれてるんだよ」
「そうかしら……」
まあ、悪い人ではないと思う。
ただ、会話が絶望的なだけで。
このあともまた修行の時間が来ると思うと、またも気分が沈んでくる。
あとほんの少しだけでいいから、相槌以外の会話をしてくれないかしら……
「ねえ、ちょっと提案があるんだけど、言ってもいい?」
この先のことを考えてまた憂鬱になっていたところ、アネッサがワクワクした表情で私に提案してきた。
「な、なに?急に楽しそうな顔して」
一歩引いた姿勢を見せる私に、アネッサはぐいっと顔を近づけて言い放つ。
「いつも会いに来て貰ってるんだったら、今度グレーシアの方から彼の職場に会いに行っちゃえばいいんじゃない!?
サプライズで! そしたら、流石に相槌以外の言葉くれるんじゃないかなって思って」
「え、それって普通に迷惑じゃないかしら?」
サプライズで職場に顔を出す……いや、どう考えてもランデン様や騎士団の人たちにとっても迷惑だろう。勤務中に、突然、奥方でもないただの婚約者が、しかも用事があるとかではなく、遠方からわざわざ顔を見に来たって……
たとえ騎士団の人たちに受け入れられたとしても、先触れくらい出せよ、ってランデン様の気分を害してしまうことも考えられる。
「私の侍女仲間で騎士団所属の彼がいる子とか、しょっちゅうおやつの差し入れ持って会いにいってるよ。みんな身体が基本だから、そういった差し入れは喜ばれるみたい」
「ええ、思ったより緩いわね……差し入れか……ちょっと考えてみようかな」
「うんうん、いつもと少し違うことをしてみたら、状況もちょっとは変わるかもよ。まあ、どう頑張っても一問一答な態度が崩れないなら、そのときまた別の手段を考えよう!いつでも相談してくれていいから」
「ありがとう」
持つべきものはやはり親身になってくれる友達だ。

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