Ep.5

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Ep.5

「いや~、ものすっごく見てたねぇ」  クックッと肩を揺らしながら、運転席の男が笑った。  蘭は小首を傾げ、ハンドルを握る眞白を見た。  見た、と言っても全盲の蘭に見えるのはオーラだ。他の……眞白の表情だったり、今日も光を通さないサングラスを掛けている、とかそういう情報は比売の目を通して蘭に伝わってくる。  なんだか性格の悪そうな笑い方だな、と思った。  眞白は他人をいびるときが一番楽しそうだ。それは、この男にしごかれまくった自分の経験から得た分析で、満面の笑みを浮かべた眞白に「ほらほらあんまりへなちょこだと死んじゃうよ」と何度言われたか、もう数えきれないほどである。  運転席から発される眞白のオーラは、様々な色が混じり合っており、さながら虹のプリズムのようだった。常時色を変えるそれは、桜井のキラキラピカピカとした眩しいオーラとはまったく違うけれど、やはり唯一無二の輝きがあった。 「なにを見てたんですか?」  蘭の質問を受けた眞白のオーラが、機嫌良さそうに揺れる。 「僕じゃなくて、おまえだよ、時生」 「俺?」 「サクライユーキ」  突然眞白の口から飛び出した名前に、蘭は思わず見えない目を瞠った。  いったいいつの間に桜井の情報を手に入れたのだろうか。しかもフルネームで。  六歳の頃からこの男と過ごしているが、いまだに謎だらけだし、得体が知れない。  それともこういう情報収集は、眞白ではなくて神納木(こうのき)が担っているのだろうか。得体の知れなさでは眞白も神納木もいい勝負だ。  動揺を見せたらこの男を喜ばせるだけだと、蘭は平静を装い、 「桜井がなんです?」  と前を向いたまま素っ気なく尋ねた。すると隣から伸びてきた手に顎を掴まれて、また眞白の方を向かされる。 「可愛くないねぇ。ポーカーフェイスが板についちゃって」 「可愛くなくて結構です。信号、大丈夫なんですか」 「この僕が事故るわけないだろ」  どの僕だよ、と内心で突っ込む。一般人だろうが拝み屋だろうが、道路交通法は遵守しなければならないはずだ。しかし眞白の片手は蘭の顎を固定している。  目に、色とりどりの眞白のオーラがうるさい。 「ポーカーフェイスの時生チャン。それにしては桜井の前で可愛く微笑んじゃってさ」 「…………」  再び桜井の名前を出され、蘭は唇を引き結んだ。  いつから見られていたのだろう。  眞白の厄介なところは、こんなに派手なオーラを纏っているくせにそれを完璧に消せるところだ。  気配を消すのがうますぎて、蘭では太刀打ちできない。  この男と張り合えるのは、神納木ぐらいだろう。眞白と肩を並べる力量がなければ、ビジネスパートナーなど務まらない。  蘭の目では捉えることのできない、透明な存在の神納木。眞白と同じぐらい謎めいた存在である。 「おまえは陰気だからさ、時生」  蘭の顎を掴んだまま、眞白が実に失礼なことを言った。 「根暗ですいませんね」  投げやりに答えると、眞白が「バカ」と小さく笑った。  比売の視覚を借りているので、端整な顔立ちがほころぶのがわかった。  サングラスで目を隠していてなお、眞白は美男という形容が相応しい外見をしている。  肌の色は白く、鼻筋は高く、シャープなのに甘い美貌。髪は金に近い茶色で、サングラスの下の瞳は、良く晴れた夏空のような青だ。  比売の目を借りるようになって早十七年。初めはよくわからなかった美醜の感覚は、人間離れしたこの男のせいで否応なく磨かれてしまった。  しかし、アラフォーのくせに容色がまったく衰えないのがすごい。 「性格じゃなくてさ、『気』の話。まぁおまえが根暗だってことは否定しないけど」 「……気の性質が『陰』だから、なんなんです」 「だから桜井に惹かれるんだよって話」  さらりとした口調で、眞白が告げた。  蘭は首を軽く振って眞白の指を外すと、尻の位置をずらして体ごと彼の方を向いた。  蘭眞白という男は常に適当で、蘭を『この世界』に引きずり込んだ張本人のくせに、蘭が『見える』この世のモノではないモノについてあまり詳しく説明をしてくれない。  そして蘭の持つ力についても同様に、特に説明もなく、行き当たりばったりの実践で理解させられるのが常だった。  その男から珍しく講義らしい話題が出て、蘭は眞白の次の言葉を待った。 「陰陽って言葉があるだろ?」  蘭とは逆に視線を正面に戻した男は、なめらかなステアリング操作で車を走らせた。 「正と負。プラスとマイナス。表裏一体だけど、それらは反発せずに引きあう習性だ。時生、おまえの気は陰。桜井はピッカピカの陽。あいつの体に直接触れたことは?」 「……あります」  体、というか顔に。桜井勇気の輪郭を指で辿ったことを思い出し、頷いたら、その答えが意外だったのか眞白がおや、というように含み笑いを漏らした。 「時生チャンったら意外とやらしいわね」 「気持ち悪い喋り方はやめてください」 「でもおまえは、気持ち良かったでしょ」  声音からふざけた色を消して、断定的に、眞白がそう言った。  蘭は息を飲み、少しの沈黙の後で頷いた。  桜井に触れたあのときの感覚は、いまもてのひらに刻まれているかのように鮮明だ。  眩しいほどのオーラが皮膚に沁みてくるようで、このまま指が桜井の内側に埋まってしまうのではないかと思えたほどだった。 「おまえみたいな陰気の持ち主は、内側をむしばみやすいんだ。内側って、アレね。内臓って意味もあるし、精神って意味もある」 「……初耳です」 「おまえは元々可愛くないガキで、根暗だったからね。そこに多少影が乗っても自覚しにくいんだよ」  また失礼なセリフを吐いて、眞白が笑った。ほんとにデリカシーがないなと蘭は思う。  車が信号で止まると、ハンドルから手を離した男が再び蘭の顎を掴んできた。 「それに、僕がこうしておまえに触れてたから」 「え?」 「気づかなかった? 必要以上にベッタベタおまえに触ってたじゃん、僕」  確かに眞白は、顔を合わせれば肩を抱くのは当たり前、ハグなども日常茶飯事のようにしてきていたが……。 「ただのセクハラだと思ってました」 「ちょっと時生ぉ」  蘭の返事に眞白が苦い声を漏らした。  セクハラ云々は冗談だが、パーソナルスペースが極端に狭い男なのだな、とは前々から感じていた。眞白は蘭だけでなく、神納木にも同様の接触をよくしていたから。

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