ひとみ食堂

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 仕事を終えたその足で車を走らせてきたものの、既にいくつかの店舗は閉店時間を超えて店頭のシャッターが下りていた。  腕時計の表示を気にしつつ、幹也は商店街の外れへと足を進めた。やがてあのビルが見えてくる。幼い頃、友達を連れて何度も足を運んだ懐かしい場所。  数日後には取り壊しを予定されている浜尾ビルの周りには、色とりどりの花束が置かれている。色紙の寄せ書き、挟みこまれたメッセージカード。「ありがとう、浜尾ビル」とカラフルな文字で書かれた垂れ幕が下がっていることに気づき、幹也は小さく「目立たせすぎや」と呟いた。 「最後ぐらい派手に飾ってもええやろ。初めて見たときからオンボロやったし、これくらいはなぁ」  ビルを見上げる幹也の隣に立っていたのは、比呂だった。 「……まぁな」  黒いTシャツにジーンズというラフな格好。仕事の途中で抜け出してきたのか、足元は黒い長靴を履いたままだ。 「不思議なもんやなぁ。随分と前から空きビルやったのに、いざ壊されるって聞くと、急に寂しく思えてくる」 「無理もないやろ。お前は、あの場所を必死に守っとった」  幹也の脳裏に浮かぶのは、泣き声をあげる子供たちを抱き寄せていたあの日の比呂だ。思い出すたびに苦しくなる。けれど、あの姿を胸に刻みつけておかなければならないと、幹也は考えている。 「……なぁ、ミッキー。俺は感謝しとる。あの日、ああやって言ってくれんかったら、俺はたぶん、ひとみ食堂を守るためにずっと無理しとった。どうしたらいいかも分からんまま、気持ちだけで突っ走って。だから、そんなに辛そうにせんでくれ。永遠に変わることのない場所なんて、どこにもないんやから」  商店街に夕闇が迫っていた。  藍色の影がゆっくりと伸びて、比呂の顔をぼんやりと覆っている。  どうか、と幹也は願う。  どうか、ボクの顔も上手に隠してくれ、と。 「……晩飯、まだやろ。食べてくか? もちろんミッキーは大人やから、しっかり代金いただくつもりやけど」 「僕も元々そのつもりや。それと集めてきた寄付金もいくらか持ってきた。食材のカンパも」 「おお、いつもありがとうなぁ」  引き戸を開けた比呂に続き、幹也も暖簾の下をくぐった。  食堂「ひろ」の入り口には「こども食堂」と書かれたのぼりが立ててある。

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