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「岸菜と若菜の顔面って間違ってるよな」
「え?」
友人の石橋が教室の前方を見ている。恵夢も石橋の視線の先を追うと、天使のような優しい微笑みを浮かべる春伊がいた。笑顔が優しいだけではなく見目麗しい幼馴染は、いつものごとく女子から声をかけられたみたいだ。
「間違ってるって?」
首をひねる恵夢に、石橋はにやりと口角をあげてちょいちょいと春伊を指でしめす。不思議に思いながら春伊の様子を一緒に眺めると、春伊は微笑んだまま女子にひと言。
「誰?」
相手の女子は固まっている。相変わらずだなあと思いつつ石橋へ視線を戻す。
ちなみに、春伊に声をかけた女子はクラスメイトだ。入学からまだ二週間ほどではあるが、同じ教室内にいることも認識していなかったのだろうか。春伊ならありえる、と失礼ながら恵夢はひとり納得してしまう。
石橋も恵夢に目の先を戻し、また口角をあげる。
「あっちはいつも天使みたいな笑顔なのに塩対応、こっちはいつも無表情で表情筋死んでるのに神対応な善人。どう考えても顔面間違ってるだろ。交換してもらえよ」
腹をかかえて笑う石橋の意見は正しい。恵夢はもう一度春伊を見て、自分の頬を軽くつまんでみる。交換してもらえるのならば、してもらいたい。でもそんなことができないのは、とっくに知っている。
石橋の言うとおり、若菜恵夢の幼馴染である岸菜春伊は、笑顔がとても優しくて綺麗なのだ。天使みたいというより、天使そのもの。でも塩対応。基本的にそっけない。薄茶色の柔らかい髪とグレーの瞳も優しげに見えるのに、外見と性格が正反対だ。
対して自分は、意図してそうしているわけではなく昔から表情が乏しい。無表情で表情筋が死んでいるという言葉もそのとおりだ。ただ、恵夢自身は『神対応な善人』の部分はよくわからない。
「外見だけ見たら、若菜にはあんま近づけねえよな。いつも怒ってるのかと思う」
「怒ってないよ。昔からこういう顔」
「しゃべると懐っこいし、いいやつなのにな」
笑っている石橋に、自分のことながら頷いてしまう。「懐っこい」や「いいやつ」という評価は置いておいても、いつも無表情な顔に自分の性格がつり合っていない自覚はある。少し拗ねたい気持ちで自分の黒髪をひと筋引っ張ってみるが、そんなときでも無表情だとわかっている。表情をくるくると変えられる人は、どうやっているのだろう。
「春伊の笑顔が優しいのも昔からだし、そっけないのも小さい頃から変わってないよ」
「どっちも顔と性格に差がありすぎるだろ」
「うーん……」
春伊のことはいいけれど、自分はどうにかならないかと常々思ってはいる。頬のマッサージをしてみたり笑顔の練習をしてみたり、いろいろと試しても効果はない。昔は、優しい笑顔ができる春伊が羨ましかったが、時とともに諦めと慣れでそんな気持ちもなくなった。今では、そういうものか、と思うくらいだ。
「てか岸菜が女子に声かけられてんの、入学してから何回目だよ」
「入学したばっかりだから、まだ見慣れないんじゃないかな」
「にしても多すぎだろ」
そういう石橋も興味津々といった様子で、春伊と恵夢の顔を交互に見ては噴き出している。春伊の天使の微笑みと、恵夢の無表情が珍しい気持ちはわかる。
春伊とは幼稚園から一緒で、小学校と中学は近所の公立校だったから、周囲の顔ぶれもだいたい同じままだった。でも高校にはいろいろな中学出身の生徒がいて、春伊をはじめて視界に入れる人も多い。というか、そちらのほうが格段に多い。はしゃぎたくなる気持ちもわからないでもない。
笑いがおさまった石橋は、机に頬杖をつく。
「岸菜も、もうちょっと性格どうにかすりゃいいのに」
「春伊が性格まで天使になったら、もっともてるよね」
それはそれで見てみたい。でもやはり天使顔面で塩対応なのが春伊らしさだから、性格まで天使だと落ちつかないかもしれない。
「むしろ若菜が岸菜の顔面だったら、めちゃくちゃもてるぞ。あの微笑みでこの懐っこい善人な性格は無敵だろ」
「僕は別にもてなくてもいいかな。普通で平和なのが一番いいよ」
もてる自分を想像してみても、しっくりこない。新鮮さや刺激はなくても、平凡な日常がいい。見た目が平凡だからとか卑屈とかではなく、恵夢の性格的にも落ちついた毎日が安心できる。春伊というそっけなくても頼りになる幼馴染がいて、石橋という楽しい友人もいる。現状でじゅうぶん満足だ。

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