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本棚に追加お母さんのそれを見て、夏美は体が小刻みに震えるのを、とめられなかった。
視界が滲み、呼吸が浅くなる。
だけどおばあちゃんは違った。
物言わぬ抜け殻となったお母さんの最期を確かめるように、その指先で、あるいは鋭い眼光で隅々までチェックしている。
冷静に……。
涙すら、一滴も流さないまま……。
まるで、出来損ないの作品を検品するかのようなその横顔が、夏美には何よりも恐ろしかった。
おばあちゃんは、とても平坦な凧いだ海のような口調で言った。
「私が、病気ーー??」
「そう。夏美は今、認知症になっている、と診断されているんだよ。何でかは分からないけど……一日に一度だけ、過去の記憶を思い出す事が出来る……」
十一時十五分……。
この時刻が来ると、私は「私」に戻る。
けれど、それは真実に近づく為ではなく、ただ自分が「壊れている」事の証明でしかなかった。
あと、六十秒。
針が次の一刻を刻めば、私はまた、私を失う。
残された時間は、砂時計の最後の一粒のように心許ない。
ただ、今回だけは違う。
「私はどうして、「私」じゃなくなってしまったの?」
「ある女に、階段から突き落とされたから、そうなってしまったのよ」
「ある女??」
「もしかして、それって……犯人??」
問いかけた私の視界の端で、時計の針が音もなく十六分へと重なろうとしていた。
おばあちゃんは時計を見て言った。
「ーー後は大丈夫。私に任せて」
そう笑った顔は、少したくましく見えた。
おばあちゃんが手を優しく握った。
すっと私の指につけていたお母さんの指輪ーーおばあちゃんはそれを取っていった。
「これは、預かるわね」
そう言ったおばあちゃんの指先は、さっきまで温かかったのに、指輪を抜き取った瞬間だけは、氷のように冷たかった気がした。
深い霧が、私の事を包んでいく。
頭が混乱する。
ーー私はだれ?
目の前の老婦人は、一体誰なの??
老婦人の指先には、大きなダイヤのついた綺麗な指輪。私の指には、不自然な赤黒いシミの跡。それを見た瞬間、どくん、と胸がざわめいた。
「……綺麗。ねぇ、それ、私にちょうだい」
私が浮かべた笑顔は、きっと鏡を見るまでもなく、あの朱里と同じ形をしていた。
「だーめ」
軽く言って、鼻歌交じりに、老婆は歩き始めた。
「待ってよ〜」
私は追いかける。どうしてもあの指輪が欲しかったから。
明日になれば、また新しい「私」が、母の死に初めて出会う事も知らずに。

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