僕がボディーガード

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僕がボディーガード

相田光太郎(あいだ・こうたろう)は走った。 ここは病院だから走るなと途中、看護師に注意されたがそんなもの知らない。 息を上げて走り、とある病室のドアを勢いよく開けた。 「千秋(ちあき)っ!」 ベッドの上には少年が横になっていた。 目立つ外傷はなく、微笑んでいる。 「…だあれ?」 光太郎はカッとなった。 「何言ってるのですかお前…わからないのですか!? 千秋! 千秋っ!」 看護師数人に腕を取られ病室の外へと連れ出された。 「知り合いですか?」 ここで怒鳴っても仕方ないと、深呼吸をした光太郎は冷静に告げた。 「…相田光太郎と申します。魔法省所属の医師です。彼は元第三級保護対象者で、俺の保護観察下に置かれています」 「もしかして彼のお名前、知ってるんですか?」 光太郎は眉間に皺を寄せる。 「どういうことです?」 「彼…記憶喪失で自分の名前もわからなくて…もう二ヶ月はここで療養しています」 光太郎が唇を噛み締めた。 「…大変ご迷惑をおかけしました。あとは俺が引き取ります」 ーーあのとき行かせるんじゃなかったと、どれだけ後悔してももう遅い。 「ここが僕の家?」 こてんと首を傾ぎながら千秋が聞いてくる。 「正確には俺の家で、お前が住み着いてるような感じです」 「すごい…お花がたくさん…」 森に囲まれ近隣住居から遠く離された小さな平家の一軒家は、色とりどりの花で咲き乱れていた。 「全部お前が植えたのですよ」 「僕が!? へー、僕ってお花が好きなんだなぁ」 「…本当に記憶喪失なのですね」 入院中のデータは全て見せてもらったが、どの数値も家に保管してあるデータと全く一緒だった。体には特に異常が見つからない。 千秋が困ったように笑った。 「ごめんね、ホントにわかんないんだ。僕の名前も、今までどこで何をしてたかも」 「…お前の名前は千秋。魔法省で委託の魔法使いとして働いてましたよ。実際には賞金稼ぎのようなものですが」 千秋がぽかんとする。 「僕って魔法使いなの!? ど、どうやって魔法使うんだろ…」 「さあ? 俺はただの医者で人間ですからわかりません」 「魔法、魔法、魔法……マホウ?」 ブツブツ呟く千秋を、光太郎は冷たい目で見た。 (なぜお前ほどの魔法使いが記憶喪失になるのです? この三ヶ月に一体何が…) 千秋を見ると不思議そうに両手を見ていた。あれだけ踊るように魔法を使えていたのに、途端にわからないとは。 (俺が愛した千秋はもういないのか) いつ記憶が戻るかもわからない。…一生、記憶が戻らない可能性もある。 もうここら辺で手離すべきか。 愛し合っていたと思っていたのは、どうせ自分だけだろう。そうでなければ千秋はずっとこの家にいるはずだ。 千秋は仕事と称して数週間帰って来ないことはザラだった。いつも屈託のない笑顔でただいまを言い、とんでもない大怪我を抱えて帰ってくる…それでも、幸せだった日々だ。 待っていれば、帰ってきてくれる。 でももうーー。 「わかった! わかったよ光太郎さん!」 (お前は俺をそんな呼び方しない) ーー光太郎くん。ねえ光太郎くん。 弾けんばかりの笑顔でそう呼んでくれたのに。 顔を上げた光太郎は驚いた。 「魔法ってこうやって使うみたい!」 輝く笑顔を振り撒いて、千秋が両手を上げる。 大きな風が吹き、たくさんの花びらが舞った。白、黄色、淡いピンク…千秋と光太郎のふたりを花びらが包み込んだ。 その光景に、思わず光太郎は見惚れる。 千秋はよくこうやって花びらを舞わせて遊んでいた。一体何が楽しいのか、舞う花びらの真下で自分もくるくる回っては笑っていた。 あの頃と同じだ。 「光太郎さん、両手出して」 「…はいどうぞ」 両手を差し出すと、その腕にこんもりと大量の花びらが乗っかる。 「あげる!」 「いりませんよ」 「なんかすごい難しい顔してるから、元気出して」 「…」 「光太郎さんは天使みたいだから、笑っててほしいな」 ーー光太郎くんって天使みたいだね。 長い金色の髪の毛と金色の瞳に対して、千秋はよくそう言っていた。 光太郎は目を閉じた。 (記憶は無くなってもこの子はこの子ですね…) 手離せるものか。どうして手離せるものか。 こんなにも愛おしいのに。 千秋を抱きしめた。 「光太郎さん? どうしたの?」 「なんでもありません。…冷えてきましたね。中へ入りましょう」 光太郎は泣きたい気持ちを抑えた。 「先ほどの花びらはもったいないのでお風呂へ浮べましょう」 「わー楽しみ! よくそうやって入るの?」 「ええ」 庭の花びらをたくさん浮かべては一緒に入っていた。そんな記憶もないのか。 光太郎は長い髪の毛をひとつに結び、紅茶を入れてあげた。 「はい。お前のはぬるいですよ」 「?? なんで?」 「お前は猫舌です」 「すごい。僕より僕がわかってる」 キラキラとした目で見つめられ、気にすることもなく光太郎は紅茶を飲んだ。 「ここから見えるのは中庭? お花だらけだね」 「ここで庭を眺めながらお茶をするのが俺たちの定番ですよ」 白い丸テーブルに白い椅子、テーブルの上に紅茶と茶菓子を置いてはよく休憩していた。 「あの中庭の花も全部、お前が植えたのですよ。俺の許可を取ったことは一度もありませんが」 「それほど僕はお花が好きなんだねぇ」 ーー僕がいない間、光太郎くんがさみしくならないようにいっぱい植えとくね! 別に花が好きでもなんでもないのに、千秋はよくそう言っていた。 一口飲んだ千秋が、おずおずと尋ねてくる。 「あのー、光太郎さん。できれば僕のこととかキミのこととか教えてほしいんだけど…」 「それもそうですね。お前は元々、俺の患者でした」 「患者?」 「俺は魔法省所属の医師です。主に保護対象者を診て、どこか異常があれば別の専門医に繋げます」 「保護対象者?」 「国を上げて保護したい者がいくらかいます。お前は元第三級保護対象者に当たります。俺の保護観察下に置くことで保護は解除されました」 少しウソはついているがいいだろう。 「よ、よくわかんない」 「お前はバカですからね。ーーそうだ、血液を採取させてください」 そう言って部屋の奥から注射器を取り出して千秋の腕に刺し、採取できた血を見た。 (詳しい検査も必要ないですね。この色は確実に誰ともセックスしていない。俺と最後にセックスしたのは…三ヶ月前か。ということは血液情報は変わっていますね) この知らない三ヶ月間の千秋は清い体だったと証明され、光太郎はホッと胸を撫で下ろす。 「いいですか、千秋。決して血を流さないでください」 「血?」 「お前の血は特殊です。お前の血と願いがあれば大抵のことはできます」 「よ、よくわかんないいぃ」 「お前の血が一滴あれば難病が治り、一滴あれば新薬が作れ、一滴あればその姿を変えて兵器を作れ、一滴あれば爆弾になれます。まあ第三級保護なので、第一級に比べれば幾分か弱いものになりますが」 「よ、よくわかんないけど怪我しなかったらいいってこと?」 「まあそんな感じです」 千秋が眉間に皺を寄せる。 「僕がすごい血の持ち主ってわかったけど…でもそれって前のことだよね? 僕、元第三級、って言われたような…」 「ええ、俺の保護観察下に置くことで解除されてます」 「へえー、よくわかんない!」 にこにこ笑う千秋に「それでいいのです」と笑ってみせた。 本当は若干違う。 三ヶ月前までの千秋は、血と願いの効力を全て失っている。 千秋の遺伝子情報はとても繊細で特殊だ。体を重ねなおかつ相手の体液を体内に取り込んだ時点で、遺伝子情報は上書きされ普通の人間の血と同じものになる。 完全に入れ替わるまで三ヶ月はかかった。 (簡単に言えばセックスして中出しされたらアウト、ってことですが、今のこのバカには言わないでおきましょう) 三ヶ月に一回以上のペースで抱くので、この数年、千秋は普通の人間と同じ血だった。 そのときのデータを魔法省に送りつけたことと、医師である自分の保護観察下に置くという二重の縛りによって、千秋を魔法省の保護から脱させた。 それなのにわざわざ魔法省の委託として働くとは…。 「僕って賞金稼ぎなの? さっきそう言ってたような…」 「ええ。魔法省として手の出しにくい案件を引き受けてました。例えば…そうですね、守秘義務があるのでやめときましょう」 「そんなに大変なの?」 「直接仕事を受けるので金払いがいいんですよ。あちらの部屋にたくさんのトランクがあります。中に金が入っていますよ。一生を遊んで暮らせるほどの金があります。そんなに稼いで一体何をするのやら」 「僕ってもしかしてめちゃくちゃお金に執着してる…?」 「そうとも言えます」 「僕って一体何がしたいんだろ…」 「さあ何がしたいのでしょうね。策もなく敵城に突っ込んでは大怪我して帰ってくるようなバカなので」 「ひいいい」 「本当にバカですよ…」 だから記憶喪失になったのですよ。 そう言いたいのを我慢した。今の千秋に言ってもどうしようもない。 「もう休みましょう」 ーーベッドに眠る千秋の寝顔を眺めた。 (この家でお前がひとりで眠るなんて珍しい光景ですね) いつも一緒に寝ていた。光太郎の仕事が立て込んで徹夜をしても、千秋は眠そうな目をこすりながら待っていた。 ーー光太郎くーん、まだー? 僕もう眠いよー。 眠いならひとりで寝ればいいのに、と言いながらも待っていてくれて嬉しかった。 (でももう、この家にいてもお前はひとりで眠るのですね) これからこの子はどうするのだろう。 魔法の使い方もわかったようだ、また魔法使いとして働くことはいくらでもできる。 そうなったとき、自分はどうするのだろう。 この家でひとりで過ごすのだろうか。 (俺に耐えられるかな) ーー三ヶ月前、行ってきますと告げて千秋は仕事へ出た。相変わらず何の仕事やらどこへ行くのやらは一切言わず、楽しそうに出て行った。 一ヶ月が過ぎた頃、異変に気づいた。 千秋が帰って来ない。 通常、どれだけ厳しい案件だとしても一ヶ月以内には帰っていた。それに魔法使いとしての腕の良さは知っている、 ヘマをするとは思わない。しかしいくらなんでも遅すぎる。 光太郎は探せるだけ探した。だがあまりにも手がかりがなさすぎて見つからなかった。 そんな時だった。自分の患者の定期診断で、とある交換条件と引き換えに千秋の居場所が発覚した。 慌てて迎えに行ったものの…千秋は記憶喪失だった。 (千秋に何があった? 千秋ほどの魔法使いが記憶を失うなんて相当なことだ。誰かに魔法をかけられた? とんでもないショッキングな事柄により記憶を失った?) どれもイマイチしっくりこない。 頭を振りながら光太郎は外へ出た。 月明かりに照らされた花を眺めていた。いつも千秋が手入れしていた庭だ。 「もう…枯れるのですかね…」 これだけ美しい庭も、千秋の記憶が戻らなければ枯れ果ててしまうだろう。 光太郎が顔を上げた時だった。 「…何ですかあれは」 カラスにしては大きく、人間にしては不自然に羽根が生えている。しかも全身真っ黒焦げで目や鼻、口といった認識が一切出来ない。 まるで影のような存在がカゲロウのように揺れて月明かりの元にいた。 しかも四体。 光太郎はごくりと唾を飲み込んだ。 「あれが、魔物…」 人の遺体と魔族、そしてキメラが合わさったものーー知識では知っていたが、実物を見るのは初めてだ。 (千秋か? 千秋を狙っているのか?) 目的がわからない。そもそも製造者は誰だ。近くにいるのか? (俺になんとかできるのか…?) ただの人間だ、身体能力が高いわけでもなければ魔法は一切使えない。 とにかく千秋を避難させようと振り返った時だった。 「光太郎さん…?」 千秋が、顔を真っ青にして立っていた。 「光太郎さん…?」 千秋が立っていた。顔が真っ青だ。 「なに、あれ…」 「逃げろ千秋! 早く!」 その時だった。千秋が足早に喋る。 「午前零時をお伝えします。午前零時ヲお伝えシマス。午前零時をオ伝えします」 まるで壊れたアラームのようだった。 「千秋…?」 謎の言葉を喋る千秋が目をつむる。 「一分経過。午前零時を過ぎました。全僕に伝えます。二ヶ月が経過しました。さあ起きましょう」 千秋の目が勢いよくカッと見開かれる。 周りをきょろきょろ見回して、光太郎の姿を目に入れると嬉しそうに笑った。 「光太郎くん! 久しぶり!」 「……は?」 「いやー、色々あってねー。あはは、まあそこら辺は後で説明するね!」 光太郎の目がぱくちりだ。 この子は何を言っているのだろうか…ぽかんと口を開けていると千秋に腕を引っ張られた。 「光太郎くんは僕の後ろにいてね」 「お前、記憶は…記憶は戻ったのですか!?」 「うん! 元々二ヶ月の予定だったから」 「お前はさっきから一体何を…」 「後で説明するからとりあえず魔物をなんとかしなくっちゃ。狙いは僕じゃなくて光太郎くんだよ」 「は? 俺?」 「そ! だから僕はがんばる!」 そう言って千秋が自分の腕を思い切り引っ掻いた。 ボタボタと、勢いよく血がこぼれ落ちる。 「全部で三ヶ月待ったから僕の血と願いも復活してるはず。せっかく三ヶ月も光太郎くんとのえっち我慢したんだからね!」 血が垂れ流れる腕を振るう。地面に血が飛び散った。 「さあ出てきて僕の分身! 光太郎くんを守るよ!」 地面からドロドロとした液体が溢れ出て、それらは四体の真っ赤な千秋へと姿を変えた。地面から飛び出た赤い千秋四人がそれぞれ一匹ずつ素早く魔物に巻きつく。 本物の千秋が勢いよく両腕を上げてジャンプした。 「はい、ドッカーンっ!」 真っ赤な四人の千秋は魔物と一緒に大爆発を起こす。 空が真っ赤に燃え辺りに焦げ臭い匂が漂うのを、光太郎はぽかんと口を開けてただ見ていた。 「久しぶりにお前の血と願いを見ましたが…そんなに火力ありましたか…?」 いくら元第三級保護対象者だとしてもこれだけの威力はありえない。 恐らく魔法とかけ合わせたのだろうが、そんなスタイル見たことがない。 以前見たときよりも魔法使いとしての能力は格段に上がっているーー。 千秋がにこにこ笑いながら足元の物体を拾い上げる。 小型カメラのように見えた。魔物にでも付いていたのか? 「初めまして、A製薬会社の皆さん。僕は千秋。魔法使いだよ。そろそろ僕の仲間がお邪魔しに行くから楽しみにしててね。ーー絶対に逃さないよ」 カメラに向かってにこっと笑う。 「今日の強襲は失敗しちゃったね。作戦通り明日も遊びに来るでしょ? おいでよ。どうせなら残ってる魔物全部連れておいで。全力で遊んであげる」 カメラを月にかざした。 「あなたたちがどんなにがんばっても光太郎くんは渡さないから」 フッと息を吹きかけるとカメラはボロボロと砂へ変わる。 いつの間にか火が消えた空は暗闇を取り戻し、焦げ臭かった匂いも消えた。千秋の腕の傷もとっくに治っていた。 光太郎の長い金色の髪の毛が揺れる中、ゆっくり振り向いた千秋が苦笑いを浮かべる。 「え、えへへ…疲れちゃった…。ごめんね光太郎くん…早々で悪いんだけど、点滴してくれたら助かるなぁ…」 フラフラと揺れ倒れかけたのを、慌てて光太郎が抱き止める。光太郎は眉間に皺を寄せた。 ーー病院で療養するまでの一ヶ月に何が起きたのか聞きたかった。 そんなに危険な案件だったのか、どこで何をしていたのか、そして今何が起こったのか…しかし怖くて聞けなかった。 腕の中の千秋は、元々小柄だったはずなのにさらに体が軽くなっていたのだ。 ぎゅっと、抱きしめる。 「本当にバカですねお前は…」 点滴を終え、二時間ほどで千秋は目を覚ました。 「光太郎くん」 「はい」 「えっちしよう」 「お前今起きたばかりですよ。はいそうですかと誰が言えますか」 「そう言いながら僕の服脱がしてる光太郎くん好き」 気付けば光太郎は千秋の服を全部脱がしていた。 ベッドに転がる小柄な体を眺める。相変わらずどれだけ食べても骨と皮しかない。 それなのにさらに痩せてしまって…光太郎はその細い首に勢いよく噛みついた。 「んんっ!」 「お前…どれだけ俺が心配したかわかりますか? 三ヶ月ですよ三ヶ月」 「う、んっ…ごめんね…? い、いたっ…はあ、あ…っ」 骨ばった首を思い切り噛む。少し血の味がしたが知るか。 「ようやくお前の居場所がわかったと思ったら記憶喪失ですか? いい加減にしろ」 「いたいっ、っ、こ、こうたろ、く…」 「約束しなさい。しばらくはこの家で過ごすと。いいですか」 「う、…んんっ、はあ、あっ、あ…」 「お前が消えた一ヶ月と療養中の計三ヶ月、男に股を開きましたか?」 こんな風に、と千秋の両足を開いてやった。 千秋自身がぷるりと震え、すでに期待に蜜をだらだら漏らしている。 光太郎は手を伸ばし、性器を上下に擦り上げた。 「相変わらずはしたないですねお前は。答えなさい。男と寝たか?」 ふるふると千秋が首を横に振り、にこ、と笑う。 「僕、光太郎くんのおちんちんしか知らないもん…」 「当たり前です。俺以外の男なんか知らなくていい。一生だ」 「えへへ…嬉しいなぁ…」 千秋の腕が伸び、光太郎の頭を包んで撫でてくれる。 久しぶりのあたたかさに泣きそうだった。 足を抱え上げ、一気に奥まで貫く。背中に回す千秋の腕に力が入り、恐らく背中を引っ掻かれただろう、少し痛い。 「はあっあ、あっ、っあ、ン…はぁ、ん、ん…っ」 「千秋…」 「こうた、ろ、く…んんんっ! ぁあっ、もっと、もっときて…っ」 腰を打ち付け、小さな体を抱きしめる。求めるようなキスをするとふたりの体がほぼ同時に震え、果てたと知る。 荒い息を整えるように重なり合っていると、ふと光太郎は気づいた。 「…あ」 「どうしたの、光太郎くん」 「…ゴム付けるの忘れました」 「?? いつも付けてないよ? ……あ! しまった! 明日から血と願いが使えない!」 いつものように中出ししてしまったため、三ヶ月は血と願いが効力を失う。 しまったあああ、と千秋が小さな手で顔を覆う。 「明日も強襲される予定だけど、うーん、まあ、僕の魔法だけで大丈夫だと思う…。なんとかする!」 「明日も魔物は来るのですか?」 「予定通りだとね」 「…いい加減全てを話しなさい」 「いたいっ」 喉元を噛んでから、千秋から自身を引き抜いた。 ベッドに横になったまま千秋を抱っこする。久しぶりの体温に擦り寄った。 「ったくお前は…だからバカなのですよ」 「まだ何も話してないのにバカバカ言わないでよ」 「バカにバカと言って何が悪いのです?」 「もー、光太郎くんは見た目天使なのに中身は口うるさいなあ」 「誰のせいですか。で? 話せと言ってますが?」 光太郎の長い髪の毛を引っ張りながら千秋が喋り始めた。 「今回ねー、魔法省委託の魔法使い数人でA製薬会社の解体っていう案件だったんだ」 A製薬会社といえば巨大企業ではあるが、昔から違法の動物実験や人体実験、さらに非人道的な研究を行っているのではと噂されていた。しかし魔法省も決定打がないので手を出せない。 (恐らく、委託の魔法使いを潜入させて決定的な証拠を得るのが目的でしょうね) いざ失敗しても魔法省は知らんぷりができる。金払いはいいが決して守ってはくれない。 「それで僕たち三人の魔法使いが乗り込んだんだ。それが三ヶ月前」 「…三人? たった三人!?」 「いやー、人数集まらなくてねー。で、いざ乗り込んだはいいけど誰も作戦考えてなくて、どうしよどうしよ! ってなったからとりあえず一旦ファミレス行ったの」 高校生の放課後か? 「話聞いたら全員僕みたいなタイプでね…」 「ああ、策なしで頭から突っ込むバカ三人でしたか」 「とりあえず全員初めましてだったから挨拶して、もう一回行こっか! ってなって…」 「またファミレスに逆戻りですか」 「うん」 平然と頷く千秋を若干殴りたかった。 「それを何回か繰り返して…あ、でも魔法省が欲しがってたデータとか資料とかそういうものはちゃんと盗ってきたよ? 魔法使いだからね、ロックかかってても大丈夫! その時ちょっと見ちゃって」 「何を?」 「データの中に光太郎くんのこと書いてあって。僕以外にも血と願い関係の患者さんがいるのは知ってるから、多分それだろうなー、って見てたら二ヶ月後の今日に光太郎くんを連れ去る、みたいなこと書かれててね。で、今日が失敗したら明日も来るらしいよ」 研究材料としてではなく、研究する側としてだろう。 「まあ俺は仕事柄色々な能力を持つ人間を診ていますからね。魔法は使えませんが医師としてなら使い道はたくさんあります」 「だよね! いやー、お目が高い! って思いはしたんだけど僕、パニックになっちゃって」 「は?」 「光太郎くん守らなきゃ! って思って、二ヶ月後だからまだ時間あるしできれば万全の対策したくて血と願い使えばいいかも! でもそしたら光太郎くんとえっちできないし、って色々考えてさ、最終的によくわかんなくなって、二ヶ月後に記憶取り戻す魔法を自分にかけちゃった!」 「……」 「とりあえず魔法省系列の病院の前で倒れてたらいいかなー、って。それで光太郎くんが仮に僕を見つけても、記憶のない僕には絶対手を出さないだろうなって思ったからこの作戦を決行しました! はい、そんな感じです。あとの二人には僕が記憶を取り戻したあと…今日か明日にでも動くと思う。そういう約束したから。でもあのふたりも僕に似てるから、よくわかんなくなって最終的に研究施設爆発させるだけで終わると思う」 「……バカしかいませんね」 光太郎は盛大なため息を吐いた。 「なぜそこで俺に連絡をしない。策ぐらいなら考えます」 千秋は眉間に皺を寄せて、ハッとする。 「そっか、相談すればよかったんだ」 「……バカめ」 「えへへ、ごめんね」 「本当にバカですね…」 唇にキスを落としながら、千秋を組み敷いた。 光太郎は冷めた目で、若干引きながらテレビを見つめていた。 『先ほど入ったニュースの続報です。今日午前五時頃、A製薬会社研究施設及び本社にて大規模爆発火災が発生しました。それでは現場から中継です』 アナウンサーからリポーターへ画面が切り替わる。 『こちらA製薬会社研究施設前です! まだ火災は広がったままです! あ! 今動物たちが逃げ出して…なんでしょうかアレは!? 見たことのない生物がたくさんいます! A製薬会社では以前から違法研究がされていると噂されていましたがもしかすると本当かもしれません!』 『速報です。A製薬会社研究施設及び本社の大規模爆発火災について、原因究明のため魔法省が調査に乗り出すと発表しました。ではここで有識者による見解を聞きましょう』 『A製薬会社でしょ? 昔っからの企業だけど、ここ最近は雲行きが怪しいって聞くからね〜』 『なんでも人体実験もやってるとか! いやいや、怖いね〜』 『これは魔法省にがんばってもらわないといけませんな。もう解体でいいでしょう!』 光太郎はテレビを消した。 ずずず、と熱い紅茶を飲むもイマイチ味がわからない。ニュースのせいだ。 「単細胞のバカ共め」 魔法使いとはバカの集まりなのかと正直疑う。 よくわからなくなって最終的に爆発させると思う、と千秋から聞いていたがまさか本当に行うとは。 盗んだあととはいえ貴重なデータや実験体、それらの完成品に未完成品と持ち運べないものがたくさんあるだろうに勿体無い。 飲み干したカップを置くと、寝室の方からノロノロと千秋が歩いてきた。 「おはよぉこうたろくん…」 「まだ目が寝てますよ」 笑いながらその頬を両手で包み、ちゅ、ちゅ、とキスを落としてあげた。 「お前の好きなサンドイッチを作りましたよ。あとで中庭で紅茶を淹れて食べましょう」 頬から首元へ指を滑らす。昨夜付けたキスマークや噛み跡だらけで、光太郎はご満悦だ。 千秋が大きなあくびをする。 「ぼくねむい…」 「じゃあまだ寝ていましょうか」 「だっこぉ」 「はいはい。しょうがないですねホントお前は」 ひょいと抱き上げ寝室へ連れて行き、そっとベッドへ横にさせる。 自分は眠るつもりはなかったが、光太郎の長い髪の毛を千秋が離さないので仕方なくベッドへ入った。 小さな体を抱きしめると、ぎゅっと抱きしめ返された。 「むふふー、光太郎くん捕まえた」 「おや、捕まってしまいましたか」 「これでもう光太郎くんは僕のですな。むふふ」 「俺はとっくにお前のものですよ」 額にキスを落とした光太郎はさみしそうに笑った。 「どうせどれだけ俺が言ってもお前はいなくなる。平気で何週間も家を空ける。俺がどんな思いをして過ごしているのか、お前は一生知らないのでしょうね」 「光太郎くん?」 「どれだけ好きだと愛してると言ってもお前には響かない。いつになったら…お前に届くのでしょうね」 この腕の中にずっといてほしい。 どこにも行かないでほしい。 「お前は犬のように懐っこいのに、猫のように気まぐれにいなくなる」 小さな頭を撫でた。 「俺はお前の足枷になりたい。どこにも行かないでくれ。ずっと俺の腕の中にいてくれ」 千秋からの返事はなかった。 眠っているのか、それとも答えられないのかーー考えるのが怖い。 光太郎は目をつむった。 数日もしたらこの腕のぬくもりはまたいなくなる。 今だけでいい、今だけは…俺のものでいてくれ。 中庭でサンドイッチを食べていた。 「すっかりお昼ごはんになっちゃった」 「お前がぐーすか眠るからですよ」 「久しぶりにまともな意識でまともなお布団で寝たからね」 「あれだけ金があるのですから使ったらいいのでは」 「あーあれ? うーん、そろそろ一括で使おうと思ってるんだけど、うーん。足りるかな…」 光太郎は眉間に皺を寄せる。 大量のトランクに詰めた大量の金。あれだけの大金、一体何に使うのか? 「このジャムサンドおいしー! 光太郎くんの手作り?」 「ええ。お前の好きなブルーベリーですよ」 「光太郎くんの作るごはん大好き! 卵サンドもおいしい! 僕トマト苦手だけどサンドイッチなら食べられるんだよねぇ。光太郎くんが作ってくれるからかな?」 だったら二度とどこにも行かないでください。 なんて言葉は飲み込んだ。どうせまたすぐいなくなる。 風が吹いた。色とりどりの花びらが舞い、思わず光太郎は見入った。 「またお前に手入れをしてもらわないといけませんね。この三ヶ月間で荒れた箇所も多いです。…千秋?」 千秋は空中を見つめるも、目を見開いている。 口元でブツブツと何かを呟き、指先が小さく動いている。 魔法でも使っている最中かと訝しむも、今この瞬間には何かおかしなことは起こっていない。 一体何がーー。 小さく動いていた指がピタリと止まり、その両手がゆっくりと合わさった。 「ほ、か、く」 その時だ。 中庭の端で巨大な爆発音が聞こえた。慌てて光太郎が振り返ると真っ白い煙に辺りが包まれている。 さっきまで確かに何もなかった。本当に何が起こっているのだ。 千秋の合わさる両手がゆっく開かれると、そこには正四角形のキラキラ輝く箱が握られていた。 「ーーよし、捕まえた!」 「説明をしなさいこのバカが。なんですか突然。いきなりブツブツ喋り始めたと思ったら爆発まで…。それにお前、そんな箱手にしていなかったでしょう?」 「フッフッフッ…この中になんと! 五十三匹の魔物が! 小さくなって詰められておりますっ!」 楽しそうにその箱を掲げてみせた。 太陽に輝き煌めく箱である。 光太郎は嫌そうな顔をした。 「これだからバカは説明ができない…」 「光太郎くん連れ去ろうと魔物がやってくるのは明確だったから、庭全体に魔法をかけてたんだ。一歩でも庭に入ろうとしたら爆発して小さくさせてこの箱に詰めようと思って。なんかそんな感じの魔法。説明難しい…!」 「この中に?」 光太郎は眉間に皺を寄せた。 昨夜見たアレが手のひらの上ほどの小さな箱に詰められている? 千秋は笑った。 「僕ね、自分で言うのもおかしな話だけど、結構すごい魔法使いなんだよ? ーーでもそれも、今日で終わり」 箱を手の中に押し込んで、パンッ、と手を叩き両手を開くと箱は消えていた。 「魔法省に送ったよ。すごく難しいんだけどね、魔物を生きたまま捕まえたら報酬三倍なんだよ! えへへ、最後だからがんばっちゃった」 「最後…?」 「僕は今日で魔法使いを引退する」 千秋は笑っていた。 風が吹く。花びらが舞う。 「さっきも言ったけど、僕って結構すごい魔法使いなんだ。血と願いはそんなに大きな力はないけど、魔法なら…誰も僕には追いつけない。バカだけどさ、それをカバーできる以上の魔法が使える。あ、引退って言っても体が不調ってわけじゃないよ? 僕はすっごく元気! …魔法使うの大好きだよ? 大変な境遇にいる人を助けることができるし、まだまだ助け出さなきゃいけない人もたくさんいる。僕がそうだったから…できる限り魔法で貢献したい。でもね、大好きな人を泣かせてまですることじゃないなって思ったんだ」 千秋が両手を広げる。 色とりどりの花びらが、千秋の腕の中に集まってきた。 こんもりしたと腕の中の花びらを、全て光太郎に手渡した。 「光太郎くん、僕のお婿さんになってください」 千秋は顔を真っ赤にしてそう言った。 ぽかんと、光太郎は口を開ける。 「あ! もちろん養ってもらおうとか思ってないからね!? だから先に一生分稼いできたの! あの部屋にあるあのトランク! 全部生活費! これからの生活費! 一生でどれくらい必要かわかんないからとりあえずめちゃくちゃ仕事してきたよ! ぼ、ぼく、僕がんばりました!」 受け取った花びらを光太郎は見つめた。 ようやく意味がわかり、盛大に吹き出しながら花びらの花束に顔を突っ込んだ。 「ひどいや光太郎くんっ! なんで笑うのさ!」 「いやあなんて言いましょうか。ここまでバカとは思わなかったもので」 「バカの自覚はあるけどさあ! がんばってプロポーズしたのにー!」 「誰も断っていませんよ。まさかお前からプロポーズされると思っていなかったもので、驚いただけです」 そう言って光太郎は立ち上がり、千秋を抱きしめた。 「いいのですか? お前は仕事が好きでしょう?」 「光太郎くんに泣かれちゃあね」 「俺はまだ泣いていない」 そう言うと頭を撫でられた。 「ーー今までさみしい思いさせてごめんね。これからはずっと、キミの腕の中にいさせてもらうよ。大丈夫。何も二度と魔法を使わないわけじゃないよ。何かあったときは僕がキミを守る。必ず守り通してみせる」 「頼もしいお嫁さんですね」 頬を撫でる千秋が笑う。 「だから足枷になりたいなんて言わないで。ずっとそばにいるから…泣かないで」 光太郎は目を閉じた。涙が流れた。 ひとりの優秀な魔法使いの未来を潰してしまったとか、魔法を愛していただろうにとか、思うところはたくさんある。 全部どうでもいい。 この腕の中に千秋がいてくれればそんな些細なことはどうでもいい。 他人なんかどうでもいい。 助けを求める人間の手なんか知るか。 ようくこの体を精一杯抱きしめてもすり抜けて行くことはなくなった。 「…ここにいてくれるのですね」 「うん。待たせてごめんね。待っててくれてありがとう。僕の大好きなお婿さん、これからはずっと一緒だよ」 唇にそっと、キスをしてくれた。 「ムカつきます」 ちゃぷちゃぷと水面が並み立つのを見ながら、光太郎は不満げにそう言った。 「えー、なに怒ってんのー?」 一緒に風呂に入る腕の中、千秋が不思議そうに見上げる。 「お前からのプロポーズですよ。なぜ俺が了承する側なのでしょう。俺が申し込む側でしょうに」 「だって光太郎くん奥手じゃん」 「…は?」 「光太郎くんって偉そうなこと言う割には奥手なんだよねぇ。僕たちの初えっちも僕から迫ったじゃん」 「あれはお前が…」 「僕が?」 「……沈めますよ」 「やめてやめてうぐぐぐ」 ぶくぶく沈んでいったので仕方なく引き上げてやる。 「ぷはっ。もー、たまに暴力的だよねぇ」 「黙れ。お前は俺の腕の中でにこにことバカみたいに笑っていればいいのです」 「えー」 唇を尖らせる千秋を見てあることに気づき、ふ、と光太郎は笑った。 「こんなに花びらをつけて…まるで結婚式みたいですね」 風呂にたくさんの花びらを浮かべていたため、沈めた千秋の頭に花びらが付いているのだ。 千秋の小さな手を取り、薬指に口付けた。 「改めてーー俺の花嫁になってくれますか?」 「もちろんだよ! 僕が光太郎くんを守る!」 「はいはい、元気のいい花嫁なことで」 「大好きだよ、光太郎くん」 「愛してますよ、千秋」 ふたりはたくさんの花びらに祝福される中、抱き合った。

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