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四条家の目玉焼きは扇形だ。
卵を四つ、丸いフライパンに落とし、十字に切り分ける。男ばかり四兄弟のために、母が編み出した技だ。それを長男の玄伊が受け継いでいた。
玄伊が朝食の準備に取り掛かっている間、次男の青葉は洗濯物を取り込んでいた。タオルなどはドラム式洗濯機の乾燥機能に任せるが、シワを作りたくないワイシャツなどは夜の間に干しておくのである。
三男の朱桜はというと、食卓に座り、インスタグラムの巡回をしていた。春真っ盛りの今日、桜を背景にした自撮りやぬい撮りの投稿が目立っていた。
そして、二階から降りてきたのが、四男の白奈だ。真新しいネクタイを締め、前髪の流れ具合を気にしていた。
「しろぴ、お着替えできた?」
真っ先に朱桜が声をかけた。白奈ははにかみながら、朱桜の隣に腰掛けた。
「うん、すーにぃ。ネクタイ、曲がってない?」
「大丈夫、大丈夫」
今日は白奈の大学の入学式。末っ子の晴れの日に、両親は不在だ。四条家の父がイタリアに赴任することになり、母もついて行ったのである。子供たちだけになったこの家は、驚くほどスムーズに回っていた。まるでこの状態が初めから最適解であったように。
玄伊が目玉焼きを食卓に並べながら、白奈に微笑んだ。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん、くろにぃ。いつも通りだよ」
洗濯物を整理し終わった青葉が、白奈の斜め向かいに座った。
「やっぱり俺がついて行こうか? 有給ならあるし」
「いいってあおにぃ。もう十八歳なんだから、一人で行ける」
目玉焼き、トースト、レタスのサラダ、牛乳。それらがずらりと食卓に並び、兄弟たちは手を合わせた。朝食を共にすることこそ、彼らにとって結束の証なのだ。
白奈はまずトーストにイチゴのジャムをつけた。ここ湊市に展開しているスーパー「マルゴ」のプライベートブランド製品であり、安くて美味い。
白奈がトーストにかじりついていると、青葉が言った。
「宗教やマルチの勧誘には気をつけろよ。ああいうのはさも普通のサークルっぽく装ってくるからな。馴れ馴れしい上級生にはくれぐれも……」
「わかってる、わかってる」
兄三人は全員白奈に過保護だが、一際口うるさいのが青葉だ。今日に限らず、白奈は青葉から大学生活にまつわるトラブルを聞かされており、すっかり耳にタコができていた。青葉は元々神経質だったが、公務員になってからそれが加速したというのが白奈の体感だ。
「あー心配! しろぴ可愛いから、誘拐されそう!」
朱桜はそう言って、白奈の髪をわしゃわしゃと撫でた。せっかくセットしたのに、と白奈はむっと口を結んだ。春休みの間にほんのりと茶色になった髪だ。美容専門学校生である朱桜が風呂場で染めた。
「やめてよ、崩れたじゃないか」
「後でおれがやってあげるから!」
そんな下二人のやり取りを、玄伊がメガネの奥の目を細めて微笑ましそうに眺めていることに、白奈は気付いていた。玄伊は専業小説家だ。弟たちのことも一種の観察対象にしている瞬間があると白奈は感じていた。
バラバラの道を進んだ三人の兄。目玉焼きにかける調味料に至るまで、個性が分かれていた。しかし決して空中分解しないのは、彼らが「白奈を守る」という末っ子への執着じみた信念を共有しているからだ。
白奈本人は、そのことを嫌というほど心身に浴びており、三本のリードを首にくくりつけられているような気分を味わっていた。
――でも、僕はもう大学生なんだ。いつまでもか弱い末っ子じゃない。
朝食を腹に収めた白奈は、朱桜に髪をセットし直してもらった。そして、筆記用具と新しいIC定期の入ったリュックサックを背負って、玄関で革靴を履いた。
「あっ! 白奈の写真! 父さんと母さんに送らなきゃ!」
そう言ったのは玄伊だった。青葉も朱桜もぞろぞろとやってきて白奈を外に押し出した。そうして、白奈は門の前に立たされた。玄伊がスマホを構えた。
「笑ってー」
「そうそう、可愛いなぁしろぴ」
「撮るよ。はい」
白奈は精一杯頬をゆるめ、カメラに視線を送った。玄伊の左右から、青葉と朱桜がスマホを確認し、撮れ高を確認していた。
「行ってきます……」
これは、白奈にとって新しい生活の第一歩。決意の一歩。しかし、兄たちが後ろからついてきた。
「え……いや、行けるよ。一人で行ける」
青葉が言った。
「せめて駅まで」
「ええ……」
この兄たちは三人ともよく目立つ。身長が百八十センチをこえているのだ。玄伊と青葉は地味な黒髪なのでともかく、朱桜は胸まである金髪なので余計に目を引く。対する白奈は身長は百六十五センチまでしか伸びず、兄たちに囲まれるとすっぽり埋もれる。
「ふぅ……あの小さかった白奈が大学生か」
玄伊がしみじみと語り始めた。
「僕は七歳だったからよく覚えてるんだよ。白奈が未熟児で産まれて。生きて退院できないかもしれないって言われてて……」
「くろにぃ、その話十回以上聞いた」
小さく産まれた白奈は、幼児期は病気がちで、家で兄たちに相手をしてもらい過ごすことが多かった。だが、高校生になった辺りから、身体が多少強くなり、欠席することも少なくなった。
そんな白奈の成長ぶりが、子供たちを残して海外に行くという両親の決断を後押ししたのだろう。だからこそ、白奈は自分一人で行動できるのだということをしっかりと証明したくなっていた。
自宅で執筆をする玄伊とは、改札の前で別れた。しかし、それぞれ市役所と専門学校に行くはずである青葉と朱桜が、なおも白奈の後をついてきた。
「……二人とも反対のホームでしょ?」
「有給取る」
「学校サボる」
「ダメ。怒るよ?」
そうして凄んでみせたところで、アリクイの威嚇にしかならないことは白奈もわかっていたが、「怒る」という一言が効いたのだろう。二人は引き下がった。
「何かあったらすぐ連絡しろよ」
「頑張れ、しろぴー!」
ぶんぶんと手を振る朱桜に周囲の視線が集まり、白奈は逃げるようにして階段を駆け上がった。

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