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本棚に追加 時は流れ試合当日。
彼女は特に緊張もしてない。まあ、強い相手で中盤の試合だがあくまで正式な練習生たちの前座になるのでその点は気が楽だ。なんせ、今試合をしているおばちゃん達は子供の喧嘩よりもへなちょこだ。
そして彼女の試合の時間になる。リングに相手が昇る。その相手はかなり強そうだった。
そして彼女も戦いの場にあがった。ライトで照らされ、観客の視線が集まっている。こんな時になって緊張し始めた。
「心配しないで」
声をかけたのはコーチでとても優しく信頼できる雰囲気だった。
そして試合が始まった。
相手は本格的な練習生。パンチは重く、フットワークは軽い。それでも彼女はそんなに脅威とは思わなかった。
若干様子見だったら1ラウンドが終わると「その調子ですよ」とコーチが話しかけてくれる。しかし、彼女は首を傾げて「もっと攻撃しましょうか?」と聞いた。
正直このラウンドでは楽をするくらいになっていた。なのでもっと真っ向から戦うことも彼女はできる。そうしたら勝てるのではないかと思っていた。
「相手を甘く見ないで」
コーチにそう言われて次のラウンドに向かう。それからは言いつけを守って、防戦というかフットワークで逃げる戦い方をして、淡々とラウンドを重ねた。
まだ双方とも有効打がなく進んでいた。
「やっぱり前に出て良いですか? 私は負けても構いませんから」
彼女はコーチを真っ直ぐに見つめる。
「しょうがないですね」
その気迫に負けたようにコーチが頷いた。
次のラウンドで彼女はそれまでよりも一歩踏み出して戦う。自分の攻撃が届く、有効打は打てないが、攻防は有利になった。
と思ったその時だった。
相手のストレートパンチが顔面にヒットする。ヘッドギアをつけているのでケガもないだろうが、重たく響いてクラっとしたときにゴングに救われた。
「良いのをもらいましたね。まだ戦いますか?」
「まだ試合は終わってませんから」
痛かったけど、まだまだ彼女は戦えると思っていた。自分では。
また次のラウンドが始まるとそれまでとは相手が違っている。彼女が踏み込んで戦うのを相手は正面から受けて立っていた。
彼女も打たれるのを無視はしない。ガードをし、足で逃げる。しかし、ガードをして腕は痛い。逃げても相手のパンチが届いて痛い。それが実力差化と今になって思い知った。
だけど、折角の試合なんだからこんな終わり方じゃ彼女は納得できなかった。
一度間合いを取って呼吸を整える。辺りが静かになっているような気がして、観客席の人の顔までハッキリわかる。かなり落ち着けた。
そして彼女は自分を一番応援してくれている人を眺めた。恋しい人間。ずっと自分のことを見てくれている人。
一瞬だけその人を見て、次は相手を睨んだ。立ち向かうと今までより一番深く踏み込みストレートを繰り出す。しかし、その時相手もパンチを放っていた。
クロスカウンターパンチになって強い衝撃を彼女に伝わる。クラクラしてその場に倒れてしまいそう。そうしたら負けになって楽になるのかもしれあいと思った。
でも、彼女は踏みとどまった。折角応援してくれる人のために勝ちたい。このまんまじゃ負けると思った。
そして相手に向かおうと歩みを進めた。
その時になってやっと気づいた。もう相手の姿がない。相手はさっきのクロスで軽くダウンをしている。そしてレフェリーは試合を止めていた。
彼女の勝ちだ。
信じられなくて周りを見渡す。そこに「勝ちましたよ!」状況をわかってなかったのを察知したのかコーチが叫ぶと、彼女は嬉しそうに笑って涙を流した。
そして一番愛している人のほうへ向かった。
自陣のコーナーで待っているコーチ、の横を通りすぎ観客席へ。一番端っこの最後列に夫の姿があって、彼女は試合の時に彼が居ることに気が付いていた。
彼女が見つめていたので夫も直ぐに気付いて走り寄った。
「応援してるんだったら、ちゃんと見えるところにいてよね」
抱き着いた彼女が甘えるように言う。
「君が殴られるところなんて、見てられないんだよ」
彼も彼女のことを強く抱きしめて話していた。
「危ないことはやめてよ」
「太ったって言われたから」
「太って、可愛くなったって思ったんだよ」
どうも彼女は話を聞かないタイプで、彼は話をしないタイプのようだ。
「殴られたときはひやひやしたんだよ。負けても良いと思ったくらいに」
「負けなかったよ」
顔を離すと彼女はにっこりと笑った。
「勝てたね」
愛を確かめている時となる。
おわり

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