【秘密を知る】

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【秘密を知る】

薄暗い世界に青白い蛍光灯が点滅している。どこからかモーターの低い音がする。濾過装置の水流音が響いてきて、ますますこの世界は深海の中のように感じて息苦しく思った。 私は、手探りで報告書を探した。テーブルに手が触れた。それはひんやり冷たくて、どこか湿っぽかった。 私がどじをしたばかりに報告書をこんな時間に取りに来るはめになってしまった。私はびくびくしながら暗闇を歩いた。少し油断すればなにかに頭をぶつけて壊しかねない、デリケートな世界。 私はついに、白い世界に辿り着いた。水槽の入口。水槽はこんな夜だと言うのに光っていて、青白い世界が広がっていた。すんと鼻を突く湿ったコンクリートの匂い。次に飛び込んでくるのは磯臭い潮の匂い。タンパク質っぽい嫌な匂いがして、私は少し顔を顰めた。 すると、私は何かを踏んずけた。それはふにゃりと柔らかくすぐに湿っていることを悟った。それが、まさか生物なのではと怯えながら下を見た。視界に飛び込んでくるのは、白。白い布。すぐに、それは型崩れしたやけに白い白衣だと気がついた。 「……見るな」 どこからかそう低い唸るような声がしたのを聞いた。それに私は肩を揺らして声のする方を見た。まさか、ありえない。声がしたのは水槽の方だった。水槽は上から見下ろしている状態で、水の中にいない限り、そっちから声なんてするはずなかった。この時間、清掃員ももう帰っているだろう。では、なぜこっちから声がしたのか。神経がピリピリ尖る。その水槽の奥から、鈍い呼吸音がした。 誰かいる。 暗闇の中、エメラルドがゆっくり開いた。それは、二つして私を睨んでいるようだった。 なにか、いる。 私は水槽に一歩近づいてしゃがみ込んだ。立っていると、足場が崩れて水槽に真っ逆さまになる気がして怖かったからだ。手をついて、もう一歩前に顔を出すと、ごつごつした皮膚が目に入った。それを辿っていくと、そこにはエメラルドがあった。 「見るなと言ったんだ」 その声には聞き覚えがあった。掠れた低いのにどこか中性的な声。嫌味な声。私はとうとうエメラルドの瞳と目を合わせてしまった。声が出ない。ただ、その美しさに見蕩れていた。 「廣田……博士……」 私はそう掠れた声を漏らしてすぐに止めた。ありえない。そんなはずない。 だって、目の前にいるのはトカゲのようなトサカを携えた、黒い岩のような皮膚、長い尾に、エメラルドに光る髪に模様をした生き物がいる。それはあまりにも神秘的で、私は泣き出しそうになった。これは、廣田博士なんかじゃない。こんなのではなかった。でも、どうしてだろう。そのエメラルドの瞳はあの廣田博士と同じく、冷たく泣きそうに揺れていた。 彼は首を不自然に傾けた。 「貴方は、誰……ですか」 私は馬鹿みたいな質問をした。すると、そのトカゲはトサカを逆立てて、瞳を尖らせた。エメラルドが横に細くなる。威嚇しているんだ。彼の牙が私を狙っている。 「私、このこと誰にも言いません」 私は慌ててそう口にした。それは、彼を安心させるためのものというより、私自身を安心させるためのものだった。 彼はトサカを撫でて、後ろに流した。エメラルドがゆっくり瞬きする。長い舌がしゅるると伸ばした。 「……ソラ」 彼は水中で尾を揺らした。水面に水紋ができる。 「……え?」 彼は、確かに「ソラ」と名乗った。ソラは不安定に瞳を揺らして、水に浸かった。 「このこと、誰にも言わないで」 私は、まるで彼の弱みを握ったみたいな気持ちになって、余裕たっぷりに笑った。私も存外嫌な奴だ。 「わかった」 その声は、モーター音と共に水槽に沈んでいってしまった。

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