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本棚に追加「赤川はそりゃ国体選手の親の遺伝だから、速くて当然」
その先生の一言で赤川さんは顔をひきつらせた。めんどーな子。あたしは困ってる彼女から視線を逸らした。無言でうつむく彼女に地方議会の議員の親がいる、コネ採用クソ教師が畳み掛ける。
「短距離走なんてほぼ遺伝、お前ら実力だと勘違いすんなよ。親に感謝だな、ガハハ」
(コネ採用も遺伝ですか?いや、環境を歪めた人の思惑によるものですよね)
本音を言うと、この陸上大会代表からバックレてやりたい。でも、陸上大会の練習があるとピアノの練習は?と母親がうるさく言わない。暇つぶしだと思って付き合うか。
赤川さんに酷いことを言った青木先生は、女子のほぼ全員から遠巻きにされている。女子達の空気を利用してこのコネ教師をいびって遊ぶか。小学校高学年限定の陸上大会なんてどーでもいい。速く走れてもたかが知れてる。オリンピックに出られる訳じゃない。
「よーし、シャトルラン行くぞ」
青木先生の掛け声で練習が始まるが、男子はともかく女子は無言の反抗としてゆるくだるそうに走る。デリカシーゼロの青木先生は女子全員を敵に回した。
短距離走は所詮遺伝なら頑張るだけ無駄。
「赤川、お前の母親は国体テニスで出てるのにその程度か?」
赤川さんは青木先生に煽られても無視することで自分を守っている。女子全員にスルーされて面白くないのか、青木先生はあたしに八つ当たりしてきた。
「牧田はあれか?生き別れた父親が韋駄天だったか。お前の母親トロそうだもんな」
うるせえ。
人の個人情報をベラベラ喋るな。
このコネしか取り柄のないクソを黙らせるか。先生か、親の権威がなきゃこんなの採用されなさそう。
シャトルランの途中で、目眩がしたフリをしてうずくまる。青木先生が駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
うずくまったまま動かないでみる。
さあ、かかるか。
普通ならリスクヘッジで保健の先生を呼びに行く。抜けてるからやるかもしれない。
なんで予想通りにコイツは引っ掛かるんだ。青木に抱き抱えられて校庭から校舎に向かう。コイツのお姫様抱っことか地獄の罰ゲーム以外何物でもない。
「ちょっ、離して!脇の下になんで手を入れてるの!」
胸を触ったとは言わないでおく。女子全員が駆け寄って来て青木を睨みながら文句を口々に言う。あたしは、釣り上げられたカジキのようにバタバタと暴れて青木が慌てた隙に、地面に降り立った。呆然としたフリ。やると思ったらやっぱりやりやがった。コイツに先生なんてつけるもんか。
優等生の赤川さんは青木を見損ったという顔をしてから、私の方へ近寄ってくる。
「大丈夫?保健の先生呼んでくる」
赤川さんは猛ダッシュで保健室へと走り去った。速いな、遺伝とかどうでもいい。動くべきときにテキパキ行動してくれる。赤川さんの判断力も遺伝かもしれないけれど、困ってる人のために素直に親切にする。それは、この瞬間彼女が決めたこと、彼女のものだから。仮病だとも知らずに。
女子全員が私をガードするように囲んで、青木にありったけの悪口を言う。
「サイテー!」
「大会顧問辞めろ!」
「セクハラ!」
青木はついにキレた。
「熱中症で倒れた牧田を運んだだけだろ!」
あたしは一つ息を吸ってから呟いた。
「陸上代表辞めるからもういいです」
震えてるフリ、うつむいて涙を堪えてるフリ、さあみんな青木を糾弾して。
「牧田さんが辞めることないよ」
「辞めるのは青木先生」
「それ、辞めろー!辞めろ!辞めろー!辞めろ!」
「男子も言ってやってよ」
状況を見ていた男子も仕方なく控え目に辞めろコールに乗る。ここで女子を敵に回すと後が怖いと判断したのだろう。
辞めろコールの大合唱に、青木はとうとう禁断の一言を言い放った。
「俺を誰だと思ってるんだ!大会顧問は俺以外いない!」
議員の親の名前を借りて青木は凄む。
「虎の威を借る狐ですね、それも議員の親からの遺伝ですか?」
あたしが嘲笑うように見上げて言うと、青木は頭にゲンコツまで追加してきた。避ける気になれば避けられたけど、顧問辞任に追い込むカードをもう一枚増やしたい。
れっきとした体罰を赤川さん以外の全員が目撃。男子からも体罰は流石に不味いという声があちこちから上がり始めた。
保健の先生が校庭に着く頃には、すっかり状況が変わっていた。男子のクラス委員が職員室に青木の体罰を報告に行っていた。入れ違いで戻ってきた赤川さんは、ゲンコツくらっちゃったよとヘラヘラと笑うあたしを見て、青ざめて言う。
「無理に笑わないで。嫌なときは嫌、辛いときは辛いとちゃんと言って。お願いだから、牧田さん」
「あ…うん…ありがとう…」
赤川さんって真面目で熱血か。ウザくて一番苦手なタイプかも、普段ならね。でも、今はその真っ直ぐさがほんの少し心地良いかも。青木が罠に掛かるか試したら本当に引っ掛かった、それだけなんだけどね。

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