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本棚に追加 ー瑛多、照、司紗、この三人の男の出会いは後に連獅子ホストとして伝説となったー
新宿歌舞伎町、夜の化かし合いの街。ホストクラブ「獅子王」の不動のNo.1、照(しょう)がラストソングを務める。元々はバンドマンでボーカル。歌のレパートリーは幅広い。ラストソングを歌うにはその日の売上1位にならなければなれない。
今夜だけで何人の客が『破産』の二文字を意識したか…。照は悪びれもせずに追いシャンパンを煽る。
「何歌おうか?今日一番シャンパン入れてくれたのは…絢さんと麻奈ちゃんが同じで並んでる。2人でジャンケン?それとも…」
マイクを持て遊びながら悪戯を仕掛けた子供みたいな笑みを卓に向ける。絢は麻奈のいる卓の方を見ようともせず、黒服に耳打ちをする。
「追いシャンパン煽りも程々になさい。私は鏡月。これ以上張り合う気はないわ」
照の金の絞り取り方が常軌を逸していると絢は気づいている。そして、売上が麻奈と並んでいるのも嘘だ。どちらかが勝っていると分かっていてとぼけてまだ煽り続ける。当然店もグル。嫌気が差したふりをして機嫌が悪いように振る舞う。
麻奈の方は絢が一番安い鏡月なら簡単に勝てると破産を意識しつつも少し見栄を張って、アルマン・ド・ブリニャック・ブラン・ド・ブランを入れる。シルバーのボトルにトランプのスペードが描かれたデザイン。
「リクエストはDesperado。ならず者の照に似合う曲だよ」
煽られて入れたシャンパンに、精一杯の皮肉を込める麻奈。照は麻奈から発せられる憎しみに近い独占欲の炎を察知して、答えた。
「ならず者が帰る家には麻奈がいてほしい。ラストソングはEAGLESのDesperado」
照が歌うDesperadoは、なんと殆どが日本語訳だった。サビのDesperadoの部分はそのまま、自分の客以外にも曲の意味が伝わりやすいように。賭場でポーカーに興じる男達。酒と賭け事に溺れ家庭を顧みない。そんなならず者にも帰る家がある。早く正気を取り戻して家に帰るんだ。酒もギャンブルも沼のように足を絡め取り、人を堕落させる。
照が歌うと情景がまるで舞台のように浮かぶ。日本語訳を英語の音の数にキッチリハメてる。指名が照の客も照以外を指名している客も酔いが醒める程の渋く憂いのある歌声。
歌が終わると照は優しく語り掛けた。
「もうこんなとこ二度と来るなよ、ならず者になる前に」
逆にまた通いたくなる客を見越しての台詞なのに、場の空気を照が支配してしまう。盛大な拍手と共に、客から次々と声が掛かる。
「もう沼ってるから遅ーい」
「そうそう、来るなよなんて無理だって」
「照サイコー!」
きらびやかで毒々しい、偽りの華やかな宴は照への歓声で幕を閉じる。
そして、その日を境に麻奈は消えた。SNSに残されたのは、落下する麻奈が撮影した東京の夜景だった。これだけの眩い灯りがあるのに、この街には孤独の闇が潜んでいる。東京の夜景を星空に例える人はいるが、きっと違うだろう。この東京という街は大きな沼。
人の夢や希望という明るい物だけでなく、欲望や劣等感が暗く澱んだ水のように、夜になるとアスファルトの上にうっすらと溜まり始める。沼に足を取られずに済む人には、何も見えない。ただ、全てに絶望した人はほんの数mm程度の沼に溺れてしまう。
薄皮一枚で明日は我が身。東京だけでなく人が生きる世の中は、どこにでも孤独と絶望という沼がある。麻奈には心を許せる人が誰もいなかったのかもしれない。依存していた照は金の亡者で、話せるのはあくまでただの仕事だから。
麻奈の突然の死とBanで消される前の飛び降り空中落下の映像は瞬く間に拡散された。
ホストクラブ『獅子王』では麻奈の死の噂が広まり、売上にも若干の影響が出始めていた。照は死神というあだ名で客からも陰で呼ばれ、それを気にも留めずに相変わらずあの手この手で上手く金を絞り取る。照のやり方と対象的な瑛多の人気と売上が徐々に上がっていく。瑛多(えいた)の口癖は「無理しないで」だった。どうせそれも口先だけと冷めている客が、瑛多の本心を試すように高いボトルを入れるか迷ったふりをする。
「やっぱさー。ホストに来たらピンドンとか言ってみたいじゃん?無理しないでって、無理しなかったら店が潰れるっしょ」
やけに明るいギャルが瑛多のためにピンクのドンペリを入れようとする。瑛多は嫌な予感がした。照さんの客の麻奈と同じ刹那的な匂いがする。また死人が出るのは勘弁だ。
「本当に無理しないで、また必ず会いたいから。次も来られるようにして」
客の注文を止めさせるホスト。瑛多はオーナーにギッチギチにシメられても、その独特な営業スタイルを変えることはなかった。そしてとうとう、ラストソングをNo.1の照から奪う日が来た。No.2が定位置の瑛多が、初めて歌うラストソング。
「陽菜ねー、鬼滅の刃の炎が聞きたい!むっちゃ元気になりたいから」
ピンドンを無理に入れようとした止められた客が、ラストソングのリクエスト権を取った。瑛多は陽菜を軽くハグしてからステージへ向かう。
歌は照さんの足元にも及ばない。ギャルの陽菜のリクエストは元気になりたいか…。瑛多は瑛多なりの戦略で、ラストソングを。炎の間奏で歌舞伎のように見栄を切り、ヘッドバンギングをしながら、白銀の長髪を振り回す。美貌が台無しになるかと思いきや様になっている。
「ヤバ、おもろい!ウケる!」
陽菜が転げ回るように笑い始める。瑛多の客の中ではかなり年上の会社経営のマダム、恵津子が、吹き出すのを堪えて言う。
「白髪だから連獅子?子獅子がいないわ」
恵津子の声を聞き逃さなかった瑛多は、最近入り立てで急成長中の司紗(つかさ)を呼び、2回目の間奏で歌舞伎の連獅子のように髪を振り回す。司紗はストリートダンスで慣らしていたから、一度見ただけでほぼ瑛多のフリを真似出来てしまった。鎖骨まである自慢の茶髪をリズミカルに振り回し、喜ぶ獅子のステップを踏む。白と茶のたてがみが混沌とした東京の闇を雷鳴のごとく切り裂く。
ホストクラブ「獅子王」の瑛多と司紗のヘッドバンギング連獅子は、たちまち有名になった。面白い盛り上げ上手な2人がいる、No.1の照は死神のように冷酷で妖しく美しいと。麻奈の死で売上に陰りが見えた「獅子王」が勢いを取り戻す。
しかし、噂が広まり過ぎてピンチとチャンスが同時にやってきた。歌舞伎は男しか継げない。梨園のプリンセス達は、歌舞伎以外の生きる道を探すことになる。梨園のプリンセス達の中には、持ち前の演技力を活かして女優になる人がいる。幼馴染みでもあり、悪友でもある女優2人が「獅子王」にやってきた。梅ハツ子と真島しづく、梨園のプリンセスが連れ立って飲みに来たのだ。

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