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本棚に追加 針が進むガラス越しの花時計。
5月の激しい雨は、地銀の青と水色のロゴの看板を白い飛沫で飾り立てている。
「会いたいってちゃんと言ってくれよ!」
俺は何度目がわからない溜め息とともに、地銀の支店の花時計が午前零時を告げるのを見つめた。
「だって、牧田さんとその…」
「途中で言葉を切るの止めて、何度言ったら直る?そういう所がわからないんだって」
「じゃあ勘違い?」
七海は鋭く俺を睨む。睨まれたら睨み返すしかない。
「そっちこそ勝手にいなくなって、他と付き合って勝手に戻って来た癖に」
「牧田さんが『私達これから付き合うから』って凄い迫力で言うから、嘘だと思えなくて」
「なんで確認しないの?俺に聞くとか」
「正直に言わないでしょ、どうせ。牧田さんだけじゃなくスイさんの証言もあったから」
確かにあの日はスイさんも牧田さんと一緒に泊まりに来てた。スイさん一人が除け者みたいになったから、大袈裟に話を盛ったのだろう。男の嫉妬の方が怖い。スイさんも男なら何もなかったのは知ってるだろうに。
「もうどうでもいいよ、今まで何があったかなんて」
「どうでもよくない。私は一人になりたい」
「じゃあなんで会いたいなんて言った?」
「借りパクは嫌なの、これ返す。じゃあ」
七海は、数枚のCDが入った新星堂の袋を押し付けて車を降りる。
「待って、傘」
俺は七海を追いかけて傘を渡そうとする。振り切られて走り去る。せめてちゃんと家に帰れるか。夜中も夜中、零時過ぎだ。反対側の国道に出て周り道をして七海が家に無事着くかだけ見届けよう。
今日は言いたいことが言えなかった。
次こそちゃんと言わなきゃな。
意外と足は速いんだよな…。ただ…俺よりは遅い。七海の家の近くの運動公園で短距離走をしたときに、七海は大学生にもなって本気でムキになり負けたのを悔しがってた。
門灯の前に七海がいて、門扉を開けて玄関が閉まる。無事着いてくれて良かった。
七海が返してきたCDから適当に選んでカーステレオから音楽を流す。音楽が全然頭に入って来ない。それでも異変に気がついた。
「これ俺のじゃないよな?」
カーステレオからCDを取り出し、信号待ちで確認する。見たこともないCDばかり。気になりすぎて、車をコンビニの駐車場に停める。洋楽、メタル、シャンソンにジャズ。小さなカードタイプの手紙が入っている。
『ハルキさんへ』
待て、ハルキって誰だ。CD全部割るか中古屋に売るぞ、マジで。返す物と返す相手を間違えてるだろ。 七海はしっかりしてる割に抜けてる所がある。それとも当てつけか何かなのか。恐る恐る手紙を盗み見る。
『今までありがとうございます。大好きでした。音楽は辞めて何か書きます、上手く書けるかはかわからないけど。さようなら』
七海の書いた手紙を勢い任せに破いた。
俺には手紙なんて書いたことない癖に。
ケータイを手に取り七海の連絡先を探し通話ボタンを押す。数コールで七海が出ると、
「ごめん、CD間違えた」
開口一番涙声で謝られた。素でやらかしたのか。手紙は見なかったことにしよう。
「ポストに入れとくから後で取って。それとさ、落ち着いたら会おう。な?」
数十秒の間にも雨は礫を叩きつけるように、楔を打ち込むように降りしきる。
「うん、今度はCDちゃんと返すから」
「待ってる。CDじゃなく…その…うん」
「…うん、またね」
通話が唐突に切れる。
また、言えなかった。
ごめんも好きだも。
誤解があったのに、何も言えなかった。
きちんと言葉に出来ないのは俺も同じじゃないか。雨が激しくなる中、家へと車を走らせた。今度こそちゃんと言おう。

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