109人が本棚に入れています
本棚に追加 結膜炎は二〜三日ですぐに治り、さらに二週間後、また次のネクロヴォイドのライブの日がやって来た。
俺は開場の四時間前から入り待ちをした。九月になり、昼間の暑さは先月よりも少しマシになっていた。
それでもやっぱり暑くて、日陰にいても汗が流れる。俺はハンドタオルで汗を拭いながら大牙さんが現れるのを待った。
今日は周りの女子の中にユカリちゃんの姿はない。仕事の休みの都合がつかなかったんだろうか。俺はどこかホッとしていた。
三十分ほど待っていると、ライブハウスの前に機材車が停まり、中からネクロヴォイドのメンバーが出てきた。俺は慌てて立ち上がる。
一番最後に大牙さんが現れた。俺は大牙さんに駆け寄っていき、「おはようございます!」と声をかけた。
大牙さんは俺を見るとニカっと歯を見せて「おー、おはよう」と言った。
その笑顔を見ただけで、俺はまるで心臓にとすんと矢が刺さったみたいな気持ちになった。
「……どうした?」
大牙さんは不思議そうな顔をしている。
ヤバい、大牙さんがカッコ良すぎて見惚れてました、なんて言えねー。
「あ、あの、これ差し入れです!」
俺はいつもどおりタバコと手紙が入った袋を差し出した。
「おう、いつもありがとな」
大牙さんはそれを受け取ると、俺の前にスッと右手を差し出した。
「……?」
俺がキョトンとしている
と、大牙さんはちょっと照れくさそうに視線をそらしながら言う。
「ん、握手。前、握手会の時できなかっただろ?」
俺は胸の奥からじわあっとうれしさがこみ上げてくるのを感じた。
大牙さん、そんなことわざわざ覚えててくれたんだ。もう九ヶ月も前のことなのに。あの時俺が鼻血出しちちゃって握手できなかったの、気にしててくれたのか。なんて優しい人なんだろう。
見た目は目つきが悪くてクールで怖そうなのに、実はすごく気が利いて優しいなんて、ギャップで萌え転がりそうだ。
「あ、ありがとうございます!」
俺は大牙さんが差し出した手をそっと握った。大牙さんの手は、しっとりとしていて温かかった。
あ、俺の手、汗かいてるけど、気持ち悪くないかな? 大丈夫かな?
喉から心臓が飛び出しそうなほどドキドキしてる。
大牙さんは俺の手をぎゅっと握り返すと、親指の腹で俺の手の甲をくすぐるようにスリスリとさすった。瞬間、腰の奥の方から甘い痺れがこみ上げてきて、体の芯を突き抜けていった。
な、なんだ……今の?
大牙さんはすぐに手を離して「じゃあな」と言って俺から離れていった。
「あ、今日もライブ頑張ってください!」
「ああ、頑張る」
大牙さんは俺に背を向けたまま右手を上げてひらひらと振っていた。
心臓が壊れそうなほどバクバク鳴っている。大牙さん、なんであんなことしたんだ……?
だけどいくら考えてみても、答えは出なかった。
俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、ネクロヴォイドのローディーが機材を搬入するのを少し離れたところから見守った。

最初のコメントを投稿しよう!