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本棚に追加 僕は雨が好きだ。傘に雨粒が打ち付ける音に耳を傾けるのが好きとか、雨上がりの土の香りを含んだ大気を嗅ぐのが好きとか、そういった理由じゃない。雨が降れば君が僕の傘に入る。無精で大雑把な君は自分で傘を持ってくることはない。僕は君のために、その日の降水確率がどんなに低かろうとも、必ず大きめの折り畳み傘を通学鞄に忍ばせている。そう、僕は肩が触れ合うほど近くで喋る君の声に耳を傾けるのが好きだ。背中の辺りから漂う汗の匂いの混じった君の体臭を嗅ぐのが好きだ。
「なあなあ、今回の数学テスト範囲やばいよな。俺、今度こそ赤点なっちゃうかも。」
この世界のどこでも、昼休みのグラウンドでも、夕方5時頃の駅前でも、朝日が街を照らす時間帯の電車の中でも、君と似た声をごまんと耳にすることができるだろう。だけど僕にとっては、僕にだけは君の声が、シャハラザードによって夜ごと語られる物語のように、低く甘く響いてくる。
「太晴(たいせい)、また勉強教えてや。」
「良いけど、楓雨太(ふうた)も自分で頑張らないとダメなんだよ。」
「分かってるけどさー、自分でやったって分かんないんだって。太晴は頭良いからいいよな。」
「そんなことないよ。ただやることをやってるだけだって。全然勉強しなくても頭良い人いるけど、僕は勉強しないと点数取れないから。」
「そのコツコツ勉強できるってとこが、凄いと思うんだけどな。」
傘の下に二人でいるせいで、お互いの体が少しずつ濡れる。だけど、少なくとも僕には気にならなかった。彼と一緒にいれる傘の下のこの小さな空間が、僕の全てだった。
「お、もう俺の家の前だ。いつもありがとうな。雨宿りとかしてかなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ。多分夜まで降り続けるだろうし。早く家に帰ってシャワー浴びたいから。」
「そっか、じゃあまた明日な!」
「うん、また明日。」
僕はいつもここで、小さいけれども自分にとって大きすぎる嘘をつく。本当は楓雨太の家に残りたい。彼の家の匂いを嗅ぎ、彼の生活を肌で感じ、彼の好きなもので溢れた部屋を見てみたい。だけどそれをしてしまってはいけないような気がするんだ。楓雨太の家に入るという行為は、恋に落ちている僕にとっては超えてはいけない一線なんだ。別に彼にいやらしいことをしてしまいそうだとか、そういう意味ではない。ただでさえ友情以上の気持ちを抱き、幸福と罪悪感の狭間で日々を送っている僕にとっての、矜持のようなものなのだ。

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