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「ん……」
意識が浮上して、気が付いたか、と声をかけられる。は、と飛び起きようとして、寝てろと短く叱責が飛んできた。こんな風に言う人物にはひとりしか心当たりがない。
「エドワード様、賊は」
「……目が覚めて最初に言うことがそれか」
「うちのお姫様、根っからの軍人だって言ったでしょう」
エドワード王子の呆れたような声にダニエルの明るい声が答えた。わたしが寝ている間に仲良くなったらしい。
視線を動かして状況を確かめる。城内の客間を借りているようだ。与えられた部屋とも違う。室内にはわたしたち三人だけ。寝かされた寝台の横に椅子を二脚置いて二人座っている。ダニエルは分かるとして、エドワード王子はなぜ、ここに。
「……賊は逃した。竜騎士団副官殿の健脚には王宮護衛隊の誰も追いつけなかったようでな。一番に辿り着いてなお捕えられなかったのを見るに魔法を放ってすぐ逃げたんだろ」
「やぁだ王子サマったら。人をムキムキみたいに言わないでほしいわぁ。でも影は見たのよ。んもぅ。いつもの騎竜と槍だったら仕留めてみせたのに」
ダニエルの投擲力は群を抜いている。飛竜の討伐数なら竜騎士団一だ。登城するにあたり槍は置いてきた。剣の扱いも見事な腕前ではあるのだが、上空の敵を狙うなら剣よりも槍の方が投げやすい。今回はそれが裏目に出た。でも、まさか、暗殺の場に出くわすなんて。
「賊の特徴は?」
「丈の長いローブを纏っていたとしか。色も模様も遠くて本当に影、シルエットだけなの。逆光みたいに見えて」
わたしたちがいた場所のほぼ正面からの攻撃。太陽はわたしたちの背にあった。逆光ではなかったし、槍が刺さった角度から計算するにダニエルの視力なら見える高さからだっただろう。それなら妨害のための魔法が使われたか、そういう装備か。
「……そんなことよりね、ロズ」
ダニエルが考え込むわたしを呼ぶ。有無を言わせない、怖い声だ。あ、怒られる。そう思って僅かに身構え、なにかしら、と視線を上げた。ダニエルは綺麗ににっこりと笑う。
「殿下からお話があるみたいよ。アタシ、外に出てるわね」
「え……」
怪我をするなと叱られるとばかり思っていたから呆気に取られた。ダニエルはエドワード王子に美しい一礼を見せるとそのまま部屋を出て行く。ぱたん、と扉が閉まってからエドワード王子を見ると彼は眉間に皺を寄せていた。
「……なぜ、あんなことをした」
「あんなこと……?」
低く唸るような声で問われたけれど、思い当たる節がなくて答えられない。ぱちくりと目を瞬いたら、エドワード王子は一層不快そうに眉根を寄せた。
「攻撃が飛んだ時、俺の前に出ただろ。あの行動の理由を訊いている」
そんなのは。考えなくても分かるだろうに。
「エドワード様を……お守りするために……」
「……はぁ。俺なんか守ったって仕方ないだろ」
溜息を吐いて彼は片手で整えた髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。赤い金の髪がボサボサになる。第二王子らしさよりも研究棟で見た彼が王子の服を着せられているだけに見えた。
「しかし、わたしはエドワード様の婚約者ですから」
有事の際には王子の盾になる。いずれ婚姻関係を結び、妻となったとしても。それが婚約者としての務めだから。エドワード王子は複雑そうな表情を浮かべながらわたしを見た。
「……兄上と婚約していた時もそう思ってたのか?」
「? もちろんです。あのような会はありませんでしたが、お隣を歩く時はいつも護衛として身を挺する覚悟を持っていました」
なにを当然のことを。なんの意図があって当たり前のことを訊かれているのか分からない。
はぁぁ、とエドワード王子は深い溜息を吐く。片手を今度は顔に持っていって項垂れた。頭を抱えているようだ。
「なにか間違えましたか……?」
そうあれと教わってきたのだけれど。父の教育が誤っていただろうか。それか、わたしが違って捉えていたか。
「いや、良い。辺境伯の教えとお前の生真面目さが融合した結果だと理解した。
もうひとつ確認したい。お前、治るからとあんな行動に出たわけじゃないだろうな」
項垂れた姿勢のまま、顔だけ上げてエドワード王子が尋ねる。いえ、と困惑しながら答えた。
「殺気を感じたので咄嗟に踏み込みました。エドワード様がお怪我をしないことを最優先に……わたしより先にエドワード様の方が気づかれていましたね?」
「魔力の流れを感じただけだ。だが気づいても動けないんじゃ意味ないだろ」
話を逸らすな、とまたしかめ面で見られ、わたしは視線を逸らした。かけられたシーツの下でそっと腹に手を当てる。流石に血まみれのドレスで寝かされているはずもなく、着替えさせられていた。
「……治るからとは考えていませんでした。本当です。わたしはただ、婚約者として当然の行動を取っただけです」
「そうだな、万能じゃない。痛みがあるなら望んで取った行動とは思わないさ」
「……痛みはありますが……」
怪我は治る。でも怪我をする瞬間は痛いものだ。それは変わらない。そういうものだと思うし訊かれなかったから答えたこともない。戦場に出ていれば痛みは日常茶飯事だし、耐える術も心得ている。痛いのが嫌だからと踏み込まない理由にはならない。
けれどそれを説明する前に、はぁ、とエドワード王子が何度目とも知れない溜息を吐いた。
「……悪かった」
「え」
なにに謝っているのか、この人が謝ることがあるのか、と驚きの方が勝ってしまって返事をし損ねる。
「ナイフで指先を切らせただろ。痛みを覚える可能性を考慮すべきだった。人道にもとる……なんだ、その顔は。意外だったか?」
意外に真面なことを考えられるのかと思っていたら顔に出たらしい。いえ、と慌てて否定した。横になっているとどうも勝手が違う。いつもなら隠せる表情が隠せない気がする。
「こんなバケモノを相手にするならと——」
「バケモノ? あぁ、定義が曖昧なままだったな。なんだ、お前は気に入ってるのか?」
「そんなわけ……っ」
言いながら下げた視線を思わず戻したら真剣な目に射抜かれて言葉を呑み込んでしまった。暁色の目が真意を探ろうとでもするように見つめてくる。
「知識がない奴には言わせておけ。だが面と向かってくる輩には言ってやれ。お前はバケモノじゃない。お前が取り込んだのは、言ったはずだな、“神秘”だと」
「——」
神秘、と繰り返せばエドワード王子は肯く。真っ直ぐに向いた目が輝いた。
「取り急ぎ、王家の承認を取り辺境伯に手紙を送った。お前の副官にも話してある。今日はゆっくり休め。明日、サウスアーチ領に向かうぞ」
「え、向かう、って」
帰りたがっていただろ、とエドワード王子は言う。そうだけれど。でも、その口振りだと。
「“神秘”は古竜領にある。俺もついていくことにした。婚約者殿の生まれ故郷を見るくらい、赦されるだろ」
エドワード王子と一緒に? 予想外のことに目を白黒させていたら、彼が目を細めて微笑んだ。
「俺の婚約者になったからには解き明かさせてもらうぞ、ローザ」
その目に、温かな光を見た気がしてわたしはただ、シーツを口元まで引っ張り上げることしかできなかった。

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