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三崎
「大分県へと、突き刺すように伸びたヤリの穂先…」
そんな地形、愛媛の三崎にある小さな漁港。
…
彰二は、明日の出航の準備をしていた。
ラジオから流れてくる軽快なサウンドは、
彰二が若い頃、夢中になって聞いていた《アラベスク》
…
甘い歌声に自分のハミングを合わせながら、荷物を船へと運ぶ。
…
ふと
手を止めて星の瞬きを見上げる。
「…風は出ちゃーいるが…天気は…悪くないなぁ…」
クーラー開け、缶ビールを一本取り出した。
…
プシュ…
…
(遠足に行く前夜みたいだなぁ)
…
彰二はこんな時間が大好きだった。
釣り好きが高じて、
無理して買った中古のクルーザー。
年間の維持費が大変で、生活もかなり苦しい。
…
いまだに独身でもある。
…
が、しかし、彰二はそんな生き方が好きだった。
…
…海面を眺めながら、ビールを飲む…。
アラベスクの弾む歌声が心地いい…
…
…
海面が揺らいでいる。
…
飲みかけのビールを持つ手が止まった。
…
(ん?)
…
突然、海から手が突き出された。
…
彰二の身体が固まった。
…
突き出された手は、
浮いている桟橋のヘリをつかむと『ズルリッ』と身体を持ち上げた。
…甲虫のような黒光りする身体…
…
(今時の仮面ライダーって、こんな感じだよなぁ)……
このリアリティのない光景の中で、彰二は混乱していた。
『おい…お前…何やってるんだ…』
ふり返った顔を見て、血の気がひいた。
『…な…⁉…なんなんだょ‼お…お前ぇは‼‼』
カマキリのようなその顔。
巨大な黒い目が彰二を見ていた。
(けっして被り物なんかじゃない…)
嫌悪感が背筋を走った。
彰二は無意識の内に、手カギを握った。
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