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「今まで縫って大丈夫だがら早くせんぜえ。時間がないんだな」
竹下さんの熱意に押されて、クロスステッチの仕方を見ながら、血圧を測る台の上に腕を乗せてもらって、縫合を始める。
人体にしてはやけにひんやりしている。スーツのポケットに入った虫除けスプレーの異常な数も気になった。
やっと初めてのクロスステッチが終わった。
「あでがどう。せんぜえ」
にこやかに去っていく竹下さん。カルテに書き込みを初めようと見るとオヤジが書いたらしい字がある。
波縫い、本返し縫い、かがり縫い……ずっと縫ってないか?
清算が済んだ後出雲がやってきていう。
「竹下さんに、見て、触れてができますのね。先生。跡継ぎ決定ですわ」
どっからそんな話になった?
ご立腹の俺に出雲がいたずらっぽい瞳で話しかけてくる。
「竹下さんは売れっ子小説家なんですわよ。確か浅野宮 薫でしたかしら。腱鞘炎のかわりに腕がもたなくなって千切れますの」
入り口のドアがきしむ音がした。出雲はいそいそと受付に向かう。
夢なのか、オヤジの祟りなのか。
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