最後に彼女が見た景色

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階段を跳ねるように上っていく。 最上階についたときには汗が額を伝い、頬を流れた。 僕は袖で頬をぐっと拭い、自動販売機を探した。 最上階は静かで個室が多く、大半の扉は閉まっていて、中を見ることは出来なかった。 階段側から五番目の部屋に『佐伯 理奈 様』とかかれたプレートが貼ってあり、足を止めて眉間に皺を寄せた。 「さ…しろ…?」 「"さえき"って読むのよ、それ。」 びくっと肩を震わせ振り返ると、高校生くらいの女の人が柔らかい笑顔で僕を見下ろしていた。 色が白くて髪が胸を隠すくらい長い、綺麗な人だった。 「迷ったの?」 彼女は薄い緑のパジャマを着ていて、僕に目線を合わせるように膝を曲げた。 「のど乾いたから、じはんき探してたんだ」 僕より小さくなった彼女を見ながら、きれいな髪だと思った。 「自販機一階にあったでしょ?お茶でいいならあるけど、いる?」 「いる!」 彼女は手招きで僕を病室へ招き入れた。彼女が「さえき」さんだった。 さえきさんは病室の冷蔵庫からお茶のペットボトルを一本出して僕にくれた。 「君にはちょっと渋いかもね。」 「…いただきます」 一口飲んだら苦い味が広がった。 けど、見栄を張って「おいしい」と言ったら、彼女は「眉間に皺が出来てる」と笑った。 「ここにとまってるの?」 布団に足を入れる彼女な聞いた。 「んー…まぁね。君は元気みたいだね」 はぐらかされた気がした。 追求するのが彼女にとって不愉快なことなんだろうってくらい僕にもわかった。 「うん!今日、母さんの忘れ物届けにひとりできんだよ!」 「ひとりできたの?えらいねぇ」 頭をなでてくれた彼女の手は細くてひんやりしていて、母さんとは違う『女の人の手』という感じがした。
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