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茨城県小美玉市に、その養豚場はあった。
田中裕之は、まだ彼らの両親が健在であった頃、家族でこの地を訪れていた事を思い出す。
彼が小学六年、妹の浩子が小学一年の頃だった。
当時、食肉加工メーカーのバイヤーを務めていた父親の、仕事上の都合で訪れただけに過ぎなかったのだが、田中にとっては、かなり鮮烈な体験として、心に残っていた。
人間が食する為だけに生かされ、そしてその時を迎えた時、彼らは解体され、加工されて、商品化される。
生き物が、また別の生き物に管理される世界。
彼らは『豚』としてこの世に生を受け、『豚肉』としてその生涯を終わる。
『Pig』が『Pork』に変わる、その瞬間を、田中はその場で垣間見たのだ。
時に残酷とも思えるその場所は、小学生以下の見学を奨励していない。
当時六年生だった田中もそれに属したのだが、当時の父親は、
『生きて行く上で避けては通れぬ、こんな世界もあるのだ』
と、裕之少年にそれを開示したのである。
彼は彼なりに、得る物はあった。
だがその時、妹が一瞬、迷子になっていた。
直ぐに彼女は見付かったが、もしかしたらその時、小学一年生の女の子が見てはならない物を、目撃してしまったのかも知れない。
その養豚場の直ぐ近くに、玄関先で小豚を飼っている民家があった。
帰り際に少し立ち寄り、浩子はその小豚を愛撫した。
その時彼女は、少し暴れた小豚に対して、頭を軽く小突く仕草を見せた。
しかしその場に、飼い主と見られる初老の女性が居た事もあり、浩子は直ぐに、自分の非を詫びた。
するとその女性は、浩子に対して、こう言ったのである。
「いいのいいの。どうせ豚肉なんだから」
……と。
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