3623人が本棚に入れています
本棚に追加
私と同様に、ごくりと喉を鳴らす石橋。
低く嗚咽を洩らす穂波。
その肩を抱く、坂本少年。
石橋らのやり取りに一瞥を投げながら、なおも煙草を吹かす、ツナギの青年──。
店員が放った言葉の意味を、各々が噛み締める。
そうなのだ。
無残に横たわる村田隆康を、この場にいる『誰か』が、殺害したのだ。
「……だ、だからと言って、何で扉を閉める必要があるんだ」
やっとの思いで口にした石橋の言葉も、的を射ている。
店員は、漸く真鍮の把手から手を離し、石橋とは別の人物に声を掛けた。
「どうですか。やはり、開きませんか」
それを受けて、ツナギの青年は再び入口のドアに肩を当てる。
ぎっ、という軋みは、それ以上何も語らない。
青年は無言で両手を拡げた。
店員は、左手で口許を覆い、その肘に右手を添える。
唯一の脱出口の状況を再確認した上で、彼は神妙な面持ちで、二度三度と深く頷いた。
「とにかく」
我々を見渡す様に首を回した店員は、さらに言葉を続けた。
「──どうやら我々は、この店に閉じ込められてしまった様です。ですが、このまま何もせずにいる訳にもいきません。……どうでしょう。当事者である我々同士で、今のこの状況を整理してみませんか」
店員の申し出に、我々は無言の肯定を示す。
しかし、石橋はそれを素直に認めなかった。
「じゃあ、この中はどうするんだ?」
壁に寄り掛かりながら、石橋は背中の扉を親指で指し示している。
「それは、一番最後にしましょう。ただでさえ混乱している状況です。先ずは、解る事から整理して行きましょう」
店員の言葉は、間違ってはいないだろう。
だがやはり、石橋にはどうも引っ掛かるらしかった。
「あのな。別にあんたが言ってる事に、不満がある訳じゃあ無いんだ。だがな」
凭れていた背中を壁から離し、石橋はゆっくりと店員に向かって歩を進める。
「あんた……、本当にただの店員なのか?」
解る気がする。
村田が絶命してからの、この店員の言動。
ただの酒場の店員とは、とても思えない何かが、確かに感じられる。
すると店員は、おもむろに壁の時計を見やり、首の蝶ネクタイを緩めた。
「……申し遅れました。私は今夜限定でこの店を任されておりました、新庄と申します。普段は、都内で私立探偵をしています」
最初のコメントを投稿しよう!