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「そして、凶器に使われた刃物です」
そう言って、新庄は横たわる村田の傍らに膝を付く。
「現場保存の必要上、遺体からこの凶器を引き抜く事は出来ません。ですが、恐らくは量販店などで普通に購入出来る物であると思われます。……即ち」
顔を上げた新庄が、私を見る。
その視線に、胸が跳ねる。
「この凶器から、容疑者を特定する要素は得られない、と考えられます。──小鳥遊さん」
「は、はい」
声がうわずる。
「貴女の右手に、膝掛け用のブランケットがあります。一枚取って頂けますか」
自分でも悲しいくらいに動揺しながら、言われた通りにその布を新庄に渡す。
彼はそれを受け取り、村田の苦悶に歪む表情を、丁重に覆い隠した。
新庄は、その村田に対して両手を合わせ、しばしの黙祷を捧げる。
やがて、彼はゆっくりとその場に立ち上がった。
「ホワイダニット」
またも、聞き慣れぬ言葉を口にする新庄。
「──いわゆる、動機です」
その瞬間、木片が激しく擦れ合うけたたましい音が、店内に響き渡る。
立て付けの悪いあの扉が、内部から激しい物音を立てているのだ。
我々全員の注視が、そこに集められた。
それを見つめる新庄の横顔に、残念そうな表情が浮かぶ。
そして彼は、再び、私を見て、小さくこくりと頷いた。
……え?
『小鳥遊さん、心の準備は宜しいですか?』
何故、その様に感じたのかは解らない。
だが私には、彼のその些細な頷きが、
『私に対する覚悟』
を求めている様に思えてならなかった。
なおも激しく、扉は断続的に打ち鳴らされている。
これは同時に、扉内部に潜む何者かが、我々の前に姿を表す
『覚悟』の現れでもある。
新庄の眼差しに対し、私が悪戯に狼狽の色を見せていると、彼は唐突に踵を返し、例の扉へと駆け寄った。
『覚悟』。
一体、何を『覚悟』すればいいというのか。
私は、混乱する頭を強く揺さぶり、とにかく我が身を引き締めた。
「いいですか? 開けますよ!」
新庄の呼び掛けから一拍の間を置いて、再び、閉ざされていた扉は開放された。
ばりばりという悲痛な悲鳴と、細かな木片を四方に撒き散らして、その扉は、確かに開いた。
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