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<10>
山崎朋彦は、後ろ手にトイレの扉を閉めようと試みた。
しかし、新庄が力任せに引き破った古いその扉は、彼のその行為を緩やかに拒む。
彼の意思を否定した扉は、
ぎっ、という悲鳴を上げて、またさらに細かな木片を散らすに止どまった。
その扉を少しだけ振り返り、山崎は深い溜息をつく。
そして、酷く緩慢な動作で、遊戯台に続く段差へと腰を下ろした。
……何故。
何故、彼が此処に?
私の疑問が彼に届く筈も無く、彼はただ、深い吐息を吐き出す行為を繰り返す。
私が彼に注ぐ視線。それは元より、他の誰の視線をも、山崎は受け取ろうとはしない。
ただひたすらに、彼は俯き、深い溜息を繰り返す。
密閉空間で発生した殺人事件。
そこへ来て、山崎朋彦の登場は、一体何を意味するのか。
果たして彼は、この事件にどう関わっているというのか。
私は彼の声が聞きたかった。
ただ、山崎朋彦の声を聞きたかった。
しかし。
彼は、がっくりとうなだれる様に俯き、沈黙を守る。
誰一人として、口を開かない状況が続く。
少しでも気を抜けば、この身が押し潰されてしまうかとも思える、重い沈黙。
それは、永遠に続くかの様にさえ、私には思えた。
ただひたすらに、深くこうべを垂れる山崎友彦。
延々と、煙草を灰にし続けるツナギの青年。
泣き疲れ、少し放心した風な穂波。
その肩をしっかりと包みながらも、とうに蒼白な表情の坂本少年。
何かを言いたげな風でありながらも、未だ沈黙する石橋。
──そして、私。
その全員の表情をゆっくりと見渡し、シャツの第一ボタンを外した新庄が、遂にその沈黙に終止符を打った。
「──ホワイダニット。いわゆる、動機です」
先程口にしたのと、変わらぬ言葉。
「これは、私自身が今夜、ここで見聞きした情報のみを利用して構築した、飽くまでも推論である事を御理解下さい」
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