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【エピローグ】
「そういえば、被害者の望月カンナさんは、どうして携帯電話を自分で川に捨てたの?」
夕食の準備の手を止めずに、優花が新庄に聞いた。
新庄は、サンデー版新聞紙面のクロスワードパズルを解きながら、それに答えた。
「暗号以前に、その行為自体も犯人を指し示していたのさ」
優花は、少し顔を上げてさらに問う。
「どういう事?」
その目線に一瞬目を合わせ、新庄は煙草に火を点ける。
「望月カンナは、ダイイング・メッセージを麻里亜さんに送信した後、薄れ行く意識の中で考えた。もし、現場に犯人が戻って来たら、とな。その時、彼女の携帯電話を持ち去ろうと考える様な人間が、逆に言えば犯人だって事さ」
優花は、キャベツの千切りを継続しながら思考を巡らす。
そうか。
◇痴話喧嘩をしていた恋人
◇横恋慕の女
◇ストーカー
◇空き巣狙い
この中で、既にダイイング・メッセージの送信を終えた彼女の携帯電話に興味を持つ人物と言えば…。
「彼女の携帯には、彼女の生きた証しが詰まっている。生命を奪われた上に、自分のプライベートをさらに覗かれる可能性を、彼女は拒否したんだろう」
警察では、次の様な見解が為されていた。
高木雅宏の部屋に根岸隆靖が空き巣に侵入し、彼の部屋を物色、腕時計を盗む。その時に彼は転倒し、鼻血を出した。その後、彼の部屋を訪れた被害者と、それを追って来た井上とが口論になり、井上は彼女を刺して逃亡、凶器の刃物を勝鬨橋から捨てる。その頃、高木と佐々木は、都内某所で不毛な情事に耽っていた。その後、帰宅した高木は望月の遺体を発見、自分の行為の愚かさを恥じて号泣した─。
もし、恋人と痴話喧嘩さえしていなければ。
彼女は自分の死の間際、好きな人へと連絡を取っていたのではないだろうか。
しかし、実際はその選択を選ばなかった。
推理作家を夢見た彼女の、才能の一端をこの世に遺す事。
望月カンナは、最後の幕引を愛情では無く、自分の夢に賭けたのだ。
優花は、同じ女性として、やり切れなさを感じた。
「先生、ちょっとマヨネーズ買って来るね」
優花は、そう言って玄関を出て、エレベーターを呼び出す。
ふと、嫌な予感がして、彼女はそっとリビングへと戻った。
─そこでは、戸棚に隠したベルギーワッフルを物色する、新庄の姿があった。
「あ」
その日、新庄が夕飯抜きになった事は、言うまでも無い。
<了>
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