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<7>
村田隆康の絶命からさほど間を置かずして、閉ざされた
『アルビノ・アリゲーター』
の扉は開く事となった。
実質、あの異質な空気に包まれた空間が閉鎖されていたのは、時間にしておよそ二時間位のものだったか。
程無くして到着した警察関係者からは、現地での簡単な聴取のみで開放され、我々は予想外に早く帰路へ着く事となった。
通常ならば、これ程までに早く自由にされる筈は無かったであろう。仮にも、私達は殺人事件の現場に居合わせた当事者である。長い時間拘束された上での事情聴取を余儀無くされていたのではないだろうか。
現場を指揮していた刑事は、私達の身許を確認した上で、翌日改めての出頭を我々に告げた。
六本木界隈は、地震発生の余韻と突如発生した殺人事件への好奇心により、かなりの数の人込みで溢れ返っている。
私は、ふらふらと野次馬の脇を擦り抜けて、歩道沿いに聳える電柱にその身を預け、ひっそりと息を吐いた。
──昨日の夕刻。
私は自宅を出る際、二度とこの部屋に戻る事は無いだろうと考えていた。
村田隆康をこの手で殺害し、自らの生命も絶とうと心に決めて……。
それを、今更帰宅して良いと言われて、素直に帰る気分には到底なれない。
私は、歩道のガードレールに身体を預け直し、さらに深い溜め息を漏らす。
心にぽっかりと穿たれた、大きな穴。
その塞ぎ様に困窮し、言い知れぬ虚無感に苛まれていた私にとっては、息を漏らす行為の他に、するべき事が見当たらなかった。
「小鳥遊さん」
ふいに、声を掛けられた。
人懐っこい笑顔を浮かべて、その男は私のすぐ側に立っている。
──確か、新庄という名前だった筈だ。
「もしこの後何も御予定が無いのであれば、我々と御一緒しませんか。今からこの、私の友人が経営する赤坂見附の店に行こうと思っているんですが」
そうなのだ。
この新庄という妙な男が、あの場で起こった全ての出来事を解明したのだ。その彼の活躍によって、犯人は駆け付けた警察に身柄を拘束された。
その経緯があったからこそ、私は今、自由の身となっている。
私は、新庄の申し出に無言で頷き、行動を共にする事にした。
直ぐさま彼はタクシーを拾い、私もそれに便乗する。
後部座席の背凭れに深く身を預け、私はゆっくりと、あの閉ざされた店内での出来事を思い返した。
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